第6話

 フィッツモリス領の領都ミッドヒルズ。

 領都と聞けば煌びやかな城や整備された街並み、賑やかなバザールや品揃え豊かな商店を想起させるが、ここミッドヒルズは少し様子が異なる。

 そもそもフィッツモリス領は小国の更に辺境が領地である。良質な鉄鉱石のおかげで何とか領地運営しているのが実情で、美しい街並みを整備できるほどの財力などなかった。

 とは言えここが領内の中心地であることに変わりなく、周辺の領民はここで貴重な現金収入を得ていた。


「さあ、頑張って商談するわよ。がっちり稼がないとね」

 物怖じせずハキハキものを言うベッキーは交渉上手だ。商売人相手でも対等にやり合う。人見知りで口下手のアルにはとてもじゃないが真似できない。

「僕の分もよろしく頼むよ、ベッキー」

「はあ? なに甘えてるのよ。一人前になりたいなら自分でやりなさい。幾ら狩りの腕が良くても買い叩かれたんじゃ生活できないわよ」

 ベッキーはアルの為を思って突き放した。


「そう言うなよ。僕が口下手なの知ってるじゃないか。それにベッキーにはギフトだってあるんだし。頼むよ~」

「アルはギフト云々以前の問題なのよ。しっかり自分の意思を持って相手に伝える基本中の基本が出来てないの。修行だと思って頑張りなさい。どうしてもマズい状況になったら助け舟は出すから」

 アルは返す言葉が見つからなかった。納品先で店主に泣きつかれるとつい言い値で売ってしまっていた。自分の意見を押し通すのがどうにも苦手なのだ。


 地主の土地で農業を営む小作人や経営者のいる鉱山労働者は与えられた作業をこなせば賃金を得られる。だがアルやバーグマン家のような自営業者は納品時の商談をこなさねば現金を得られない。その点ベッキーのギフトは願ってもない能力だった。


 彼女のギフトはディール。取引や交渉において優位に運べる言葉や立ち居振る舞いを自然と表現できるのだ。

 ギフトとは精霊教会における成人の儀式の際に精霊から各個人に送られる能力だ。ベッキーの様な日常において力を発揮するものから、武力や魔術に関するものまで幅広く存在する。また同じ様なギフトでも与える精霊によって効果が異なる。

 ベッキーは闇の精霊から送られたギフトなのでその効果は魅了の魔法に近い。これが光の精霊から送られたものだと、人々を惹きつけたり鼓舞したりする効果となり名前も『カリスマ』となる。


「だけどアルのギフトって結局何なのかしらね? ギフトを授かって二年も経つのにこれと言って効果が見られないなんて」

 アルのギフトはエンパシー。言葉の意味からすると他人が何を考えどう感じるかを読み取る力となるが、未だその能力が発揮されていなかった。

 もしこの能力が発揮されれば、例え口下手でも商談を有利に運べるのにとアルは嘆く。何か発動条件があるのかと精霊教会で尋ねもしたが、過去に例のないギフトらしく回答が得られなかった。


「考えてもしょうがないよ。多分はずれくじを引いちゃったのさ」

 アルは最早諦めているようだ。

「けど効果自体の当たりはずれはあっても、発動しないなんて聞いたことないわよ」

「もの凄く特殊な条件下でしか発動しないんじゃないかな? だって他人の思考が読めちゃうなんて、悪人が手にしたら世の中おかしくなっちゃうよ」

「確かにそれは恐ろしいかも」

 アルの能力が発動すれば、自分の恋心も読まれてしまう。そう思うとベッキーは急にドギマギしてしまった。


 取り敢えずギフトのことは忘れて自力で商談を成功させるしかない。アルは気合を入れ直して商談へと向かった。



「はぁ~、疲れた」

 今日の目玉である若い雌鹿の肉と革を売った時点で、アルは疲れ果てていた。普段あまり行かない高級品を扱う業者に持ち込んだのだがこの男が曲者だった。

 あの手この手で商品にケチをつけ何とか価格を下げようとしてくる。目利きの富裕層相手に業績を伸ばす商人だけあってその話術は実に巧みであった。


「まあ、アルにしては頑張った方なんじゃない?」

 ベッキーが微妙な表現で労う。目玉商品を高く売って支援活動の資金調達をしたいアルは今回必死に食い下がった。結局はベッキーの助けを借りる破目になるのだが、どうにか高値で商談を成立させたのだ。


 ベッキーはと言えば、蜂蜜を見事なまでに高値で売り捌いていた。この時期は少し違う花の蜜が混ざるので味も香りも格別なんですよとか、村でも需要が高まって値上がりしているのでこの金額では船賃の分損するだとか、相手の急所を突く言葉が次々と湧き出てくる。

 当の本人は予定以上の収入を得てほくほく顔だが、その見事過ぎる手腕は尊敬を通り越して空恐ろしかった。


「ほらほらシャンとしなさいよ。まだ鳥肉の納品があるんでしょ。それが終わったら甘いものでも食べながら一息入れましょ」

 商談の疲れでヘロヘロのアルを他所にベッキーは軽やかな足取りで進む。そんなに元気なら代わりに荷車を曳いてくれよと思いながらも、結局口にはできなかった。


「あら、アルヴィンじゃない。納品に来てくれたのかい?」

 得意先である肉屋の女将さんが笑顔で出迎えてくれる。金髪に碧の瞳、中性的な美少年というアルの容姿が母性本能をくすぐるのか、彼はご婦人方にとても可愛がられていた。

「今日はどんな感じ?」

「はい、いつもの塩漬けと燻製肉に生肉もあります。昨日獲って下処理したばかりなので新鮮ですよ」

 

 顔馴染みの女将さんとあって、アルの口調も滑らかだ。

「まあまあ。生肉はいいわね。アルは下処理も完璧だしお客さんの評判もいいのよ」

 船便で流通速度が上がったとはいえ、船賃を考えると頻繁に納品に来られる訳ではない。故に生肉が手に入るのは、納品日の直前に獲れた場合のみでありそこそこ貴重なのだ。


「今日も可愛い彼女同伴なのね。もしかして許嫁?」

 女将さんが悪戯っぽい表情を浮かべる。

「ち、ち、違いますよ。ただの幼馴染です」

 アルは顔を赤らめて必死に否定する。

「あらそうなの? 美男美女でお似合いだと思うんだけどなあ」

 女将さんが追撃の一手を打つ。ベッキーはもう一押しお願いと心の中で応援した。

「生肉の方はちょっと色を付けておくから。またお願いね」

 女将さんは良い肉を仕入れられてご満悦のようだ。アルも全ての納品を無事終えられて安心した。


「じゃあ、お疲れのようだし一息入れましょうか。良いお店を聞いてきたのよ」

 ベッキーはちょっとしたデート気分で浮かれていた。納品をスムーズに終え時間の余裕もある。美味しいスイーツを食べながらアルと一時を過ごせる喜びを噛み締めながら上機嫌で店へと向かった。 

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