第5話

「じゃあ、準備に取り掛かりましょ。アルの荷物を荷車に積み込んでね」

 朝食も終わり食事の後片付けをしながらベッキーが促す。

 荷車はバーグマン家の物だ。アルの荷物を載せた後、バーグマン邸に向かって今度はそちらの荷物を積み込む。勿論道中荷車を曳くのはアルの役目だ。


「はぁ~、分かったよ」

 特製ハニーソースの贅沢な朝食を頂いた以上働かない訳にはいかない。アルは渋々重い腰を上げた。

「うちは前回と同じ量だから楽勝でしょ?」

 ベッキーは軽く言うが前回も結構な重労働であった。しかも今回アルの荷物は前回より多いのだ。

 好天の日に少し奥まで入れたおかげで、若い雌鹿を二頭仕留めていた。若い雌鹿の肉と毛皮は富裕層に喜ばれる。おかげで結構な収入が見込めそうだった。

「あの子達の為にも頑張るしかないか」

 気合を入れ直して表の物置小屋へと移動し、荷車に荷物を積み始めた。


 アルが言ったあの子達とは、所謂浮浪児のことだ。事故や病気で両親を亡くした子供のうち血縁者に引き取られなかった者は路上生活を余儀なくされる。特に奴隷の子供達は悲惨だ。

 フォレスター王国を含むフェンゲルゼ界には奴隷制度が存在する。戦争時に占領した土地などから連れて来られた人々だ。一家総出で連れて来られることも珍しくないのだが、過酷な労働により両親を失った子供は漏れなく路頭に迷う。


 ウッディ村にも鉱山労働者として多くの奴隷がいるため時々親を失う子供がいるが、田舎者で大らかな村民は彼らが働ける年齢になるまでこっそりと支援していた。

 とは言えその身分は奴隷であるため、成長すれば過酷な労働を強いられる。生き延びるのが幸せなのかとなると何とも言えない。

 だが両親を亡くし守ってくれる血縁者もいない状況の中で、周囲から受ける優しさがどれ程心に沁みるかは想像に難くない。心の在り様と言う点においては幸せと言ってもいいだろう。


 そんな村で暮らしていたアルは、祖父に連れられて初めて領都を訪れた際、路地裏で残飯やゴミを漁っている子供を見て激しい衝撃を受けた。

 自分も幼くして両親を亡くした身。一つ間違えば自分もあの中の一人だったのかもしれないと考えると背筋が凍り付いた。

 そして祖父に引き取られた上に、狩人の修行までさせてもらえている幸運に心から感謝した。成人の時点で周囲から狩人として一目置かれる存在となったのも、その日以来一心不乱に修行に打ち込んだおかげだった。


 アルは狩りで収入を得られるようになってから、村の浮浪児たちの支援を始めた。そして祖父を失くし完全に独立してからは、納品の機会などを利用して領都でも支援活動を行うようになった。


 領都では浮浪児を支援する者は皆無に等しい。浮浪児の多くが所有者のいる奴隷であり、他人が手を出すものではないという考え方であった。

 また、浮浪児を支援することは奴隷制度反対論者と見做され、社会制度を乱すとして当局からマークされることすらあった。

 善意が善意として受け入れられないのは理不尽にも感じるが、これがこの世界の常識なのだ。


「ベッキー。こっちの荷物は積み終わったよ」

 アルが家の中を覗きこみベッキーに声をかける。

「了解。こっちも片付け終わったところよ。じゃあ早速私ん家に行きましょ」

 了解とばかりに手をひらひらとさせてアルが応える。そして億劫になる気持ちが頂点に達する前に荷車を曳き始めた。


 ベッキーの家に着くと彼女の両親が出迎えてくれた。積み込みを手伝ってくれるようだ。四人掛かりだと積み込みもあっという間だった。

 以前は納品の際にはベッキーの父マーフィーも同行していたが、半年前辺りからは二人で行くようになった。マーフィーおじさんがいれば荷車を曳くのも交代なので楽なのにと思いつつも、成人して独立している身だけに自分からは言いだしにくい。こっそり溜息をつくのが精一杯だ。


「じゃあよろしく頼むわね。時間があるようなら領都で人気の甘いものでも食べておいで」

 ベッキーの母カーラが朗らかに送り出してくれる。だがニコニコするカーラを横目にマーフィーは何とも言えない表情を浮かべていた。

「いえいえ。納品を済ませたら早めに帰ってきますので」

 アルの言葉にマーフィーの表情はいくらか明るくなり、静かに頷いている。

「アル、さっさと行くわよ。あの子たちの所にも行くんだから時間ないわ」


 ベッキーの両親に見送られながら船着き場へと向かう。領都への移動は専ら船だ。村の直ぐ近くに川が流れており重要な輸送路となっている。

 だが村は領都より下流にある。ゆったりした流れの川とはいえ多くの人や荷を積んだ船を手漕ぎと言う訳にはいかない。


 ここで活躍するのが魔法石だ。魔法石とは魔法の力を込めた石のことで、この世界では数少ない魔術師が生み出す産物だ。

 船には風の魔法を込めた魔法石を使う。風の力でジェット噴射の様な水流を発生させ推進力としている。この画期的な技術のお陰で物流革命が起き、各国とも飛躍的に経済が発展した。荷馬車のキャラバンで丸一日かかる距離を四時間ほどで移動出来るのだからこの上ない進歩だ。


 ベッキーは船上で心地良い風を受けてご満悦だった。

「やっぱり船は良いわね。優しく頬を撫でる風に心地よい揺れが堪らないわ」

「そうだね。これでもう少し船賃が安かったら言うことないんだけど」

「もう、折角の気分を台無しにしないでよ。アルにはロマンのかけらもないのね」

 そう言われても二人と荷車を合わせるとなかなかの出費である。家族四人で一週間賄える食費ほどの金額だ。まあ馬車でも対して金額が変わらないので良心的な価格ではあるのだが。


 船便の割を食ったのは荷馬車業者だ。金額が大して変わらないのに断然早く着くのだから当然客は船を選択する。おかげで半数ほどは廃業し、残りの半数は川から遠く船便が使えない場所へと移らざるをえなかった。


 二人して他愛もない話をしたり、ウトウト微睡んでいる内に船は正午前に領都へと到着した。

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