第4話 アルヴィン・ファウラー
大小の国が
その小国に領都周辺以外全て森林というフィッツモリス領がある。普通なら小国の辺境地では大した財源など望めない。だがウッディ村と呼ばれる森の中の小さな村がこの領地を支えていた。
森の中の小さな村がなぜ領地を支えるほどの収入源に成り得るのかと言えば、近くにある領主直営の地下鉱山から良質の鉄鉱石が取れるからだ。故にこの村の住民の六割は採掘関係者である。
そんなウッディ村の外れに小さな一軒家が建っている。森を切り拓いて作られた村の東端に位置し、家の裏は森へと続いていた。そしてこの家での一日は概ねこんな感じで始まる。
「アル、アルってば。起きなさいよ」
「ん、んん~」
「こら、アルヴィン。さっさと起きろ~」
アルヴィンと呼ばれた青年は、激しく揺さぶられて目を開く。
傍らに栗色の髪に同じく栗色のくりっとした大きな目が印象的な娘が立っている。幼馴染のレベッカ・バーグマンだ。
「おはよう、ベッキー。朝早くから大声で何だよ?」
「何言ってるの。今日は一緒に領都へ納品に行く約束でしょ」
「ああ、今日だったね。ごめんごめん」
寝ぼけ眼を擦りながらアルは体を起こす。
「さっさと支度しなさいよ。その間に朝ごはん作ってあげるから」
ベッキーは何だかんだとほぼ毎朝アルの家を訪れる。幼くして両親を亡くし、育ての親である祖父も昨年天寿を全うしたために天涯孤独となった彼を想ってのことであるが、要らぬ気を遣わせまいと口うるさい姉の様な立ち居振る舞いに徹していた。
ベッキーに促されてようやくベッドから降りた彼は、大きく背伸びをして体を目覚めさせようとした。
「キャー。アルの変態、スケベ、ケダモノ~」
「はあ? 突然何だよ」
寝ぼけていた頭脳が絶叫によって覚醒する。ベッキーは顔を真っ赤にしながらそっぽを向いていた。
「早くズボン履きなさいよ!」
「何だよ、そんなに声を荒げるなよ」
ベッキーの不可解な言動に首を捻りながら、ふと彼は視線を下げた。するとパンツの前がはち切れんばかりに巨大なテントを張っていた。
「ご、ごめん。でもこれは正常な男子の生理現象だから……」
「そんなのどうでも良いわよ。このケダモノ!」
ベッキーは彼の話を無視してこれでもかと罵る。全く酷い言いがかりである。
アルは椅子に引っ掛けてあったズボンを手に取ると大急ぎで履いた。そしてそのまま表へ飛び出し物置小屋に置いている水瓶から手桶で水を汲みむと、バシャバシャと顔を洗った。
「はあ、寝込みを襲ってきたくせに生理現象にまで目くじら立てるなよ」
冷たい水で顔を洗って一息ついたアルは小声で悪態をついた。
村はずれとあって周囲は木々や草花に溢れている。枝葉から日の光がこぼれる清々しい朝を鳥たちのさえずりが彩る。
「いい天気だな。街に行くのが勿体ないくらいだよ」
アルは狩人として生計を立てていた。まだ幼い頃から鳥打ち名人と呼ばれた祖父ロバート・ファウラーの指導を受けて育ち、成人する頃には村でも名うての狩人に成長していた。
フォレスター王国の大半を占める森は始原の森と呼ばれている。この森は何故か霧が発生しやすい。森の奥に至っては一年中霧が晴れず迷いの森と名づけられていた。今日の様な晴天の日は森で狩りをするに絶好なのだ。
とは言え口うるさい上に日頃から何かと世話になっているベッキーに逆らえない。まあ現金収入は必要だし、日用品や狩りの消耗品も必要だ。加えて彼には大事な用事もあった。
アルは観念して家へと戻る。肉を焼く香ばしい匂いが食欲を刺激する。加えて甘く優しい香りも漂ってきた。
鳥燻製肉のソテーに特製ハニーソースをかけたものが、ベッキーの得意料理だ。彼女の家は養蜂と森での採取で生計を立てており、庶民には手の届かない貴重な蜂蜜を御相伴にあずかれる。そしてハニーソースはアルの大好物だった。
「朝からごちそうだね」
「ええ。今日はアルにしっかり働いて貰わないと行けないからね。手間賃の前払いみたいなもんよ」
「うへぇ。勘弁してくれよ」
「文句言わないの。いやなら私が二人分食べちゃうよ」
「二人分も食べたらまた太っ」
(シュッ)
アルが言い終える前に台拭きが飛んで来て彼の顔を捉えた。
「それ以上言ったらどうなるか分かってるよね」
包丁を手に物騒な言葉を述べるベッキーの剣幕に然しものアルも怯む。
「じょ、冗談だよ。ベッキーは村一番の美人だよ」
「それでよろしい」
ベッキーは満足そうに微笑み調理を続けた。何とか危機は脱したようだ。
テーブルに料理が並ぶ。麦粥に特製ハニーソースの鳥燻製肉のソテー。付け合わせに茹でた野菜が添えられている。市民の朝食としてはかなり豪華だ。
「頂きますっ」
「こらぁ、ちゃんと精霊様にお祈りしてからでしょ」
「ちぇ、熱々が美味しいのに……」
仕方なく手を組んで食前の祈りを捧げる。フォレスター王国では精霊が広く信仰されており、食前と寝る前に感謝の祈りを捧げるのだ。
「よし、改めて頂きますっ」
アルは待ちきれないとばかりに食事を始める。肉を大きめに切り分け、口一杯に頬張った。
「う、美味~い。今日のは一段と美味いよ、ベッキー」
「ハーブを少し工夫してみたのよ。レベッカ様の絶品料理を口にできるんだから感謝して味わいなさいよ」
ベッキーは得意満面になり、たわわに実った胸を張った。
「いやあ、ベッキーの料理を毎日食べられるなんて、未来の旦那様は果報者だね」
最大級の誉め言葉として放ったアルの一言にベッキーは微妙な表情を浮かべる。
(アルの鈍感。大バカ野郎~)
笑顔で取り繕いながらベッキーは心の中で思いっきり叫んだ。
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