第7話

「これよ、これ。これが領都で人気のパンケーキってやつよ」

「へえ、初めて見るよ。バターをのせて蜂蜜をかけて食べるのか。美味しそう」

 蜂蜜がある時点でアルは昂揚していた。甘いものにさほど興味のない彼だが蜂蜜となると話は別だ。

「ここの蜂蜜うちのなのよ。人気店で扱われてるなんて鼻が高いわ」

 ベッキーは違う意味で昂揚していた。人気店でも扱われている蜂蜜だと広まれば更なる販路拡大と高値での取引が見込めるからだ。何とも商魂たくましい。


「頂きますっ」

 アルは蜂蜜をたっぷりとかけて頬張る。口の中一杯に甘さと香りが広がり得も言われぬ幸福感に包み込まれた。

「う、う、美味~い!!」

 アルは感動に打ち震えながら叫んだ。店員がこちらを見てクスクス笑っている。

「ちょっとアル。大声出さないでよ、みっともない。田舎者だとバレるでしょ」

 周りの反応にベッキーが耳を真っ赤にして恥ずかしがる。だがアルはそんなことなどお構いなしとばかりに、パンケーキをがっついていた。

「ベッキーも早く食べなよ。蜂蜜は当然だけど生地も最高なんだ」

 普段は物静かなアルの豹変ぶりに呆れながら、ベッキーも一口頬張る。

「うわっ。ホントすっごく美味しい。このふわふわ食感が堪らないわね」


 いつの間にかベッキーも周りの目が気にならなくなり、夢中でパンケーキを食べていた。バラで香りづけされたハーブティーとの相性もバッチリで何とも優雅な気分になる。アルはいち早くパンケーキを食べ終わり、ハーブティーを飲みながら余韻に浸っていた。


「あっ、あまりのんびりしてられないや。みんなの所に行かないと」

「自分が食べ終えたからって急かさないでよ。折角の機会だしゆっくりしましょ」

 本当は早く子供達へ食糧を届けに行きたかったのだが、商談で世話になった手前無下にする訳にもいかない。暫しベッキーの会話に付き合った。


 ◇


 アルは荷車を曳きながらバザールの外れへと向かっていた。先程の喫茶店があった場所は人気の店舗や飲食店が集まる中心街。どちらかと言えば富裕層が集まる場所だ。庶民はと言えば専らバザールで買い物をする。食事もバザールの屋台が定番だ。


 そのバザールも外れの方となると、かなり様子が変わってくる。客層も目つきの悪い者が多く、店頭には出所不明の怪しげな商品が並ぶ。そしてその先には継ぎ接ぎの板で作ったバラックが立ち並びスラムを想起させる。一般市民はあまり近寄らない場所だ。

 そんな場所へ若い娘を連れた青年が荷車を曳いて通るというのは珍しい光景だ。荷車には皆に配る燻製肉と小麦が積んである。ゴロツキに襲われるのではやきもきしそうだが、アルもベッキーも平然と進んで行く。


「おう、アルじゃねえか。お前まだ続けてるのか? 本当に物好きだな」

 人相の悪い隻腕の男が乱暴に声をかける。だがその表情は笑顔だ。

 アルはこの界隈で浮浪児の支援をする奇特な青年として知られていた。そして住人から信頼を得ている。大人しそうな青年とうら若き乙女が物騒な場所を平然と歩けるのにはそんな所以があったのだ。

「ダグラスさん、こんにちは。みんな居ますか?」

「へへっ、この先の廃材置き場に行ってみろよ。面白れぇモンが見れるぜ」


 面白いものと言われてアルとベッキーは顔を見合わせる。この周辺には娯楽になりそうなものなど皆無だ。それにこの時間にいるのはお年寄りか小さな子供ぐらいである。面白そうな出来事があるとは思えなかった。

 二人してダグラスの方を見るがニヤニヤしているのみ。自らの目で確認するしかないようだ。


 荷車と共に先へと進む。なだらかなカーブを曲がると廃材置き場が見えてきた。そこには人だかりができている。普段見かけない光景だ。

 アルは人だかりに近づいてゆく。そしてようやくその全貌を目にした。


 そこでは炊き出しが行われていた。メイド服姿の中年女性数名が麦粥を配っている。その傍らで一目で高級と分かるドレスに身を包んだ美少女が立っていた。

 金髪のロングヘアーを美しく輝かせる少女はまだ幼さを残しており、青い瞳をきらきらさせながら満足そうに炊き出しの様子を眺めている。その容姿や雰囲気からまだ成人していないと思われる。両脇に護衛を従えていることから、高貴な存在であるのは間違いなさそうだ。


 その少女は見ているだけでは我慢できなくなったのか、メイド服姿の女性と一緒になって給仕を始めた。良家の子女と思しき美少女が自ら給仕する姿は奇妙にすら見える。だが高貴な者にありがちな平民を近づけぬ冷たさは微塵もなく、優しい笑顔で子供や老人に接していた。


 思いがけない光景に暫し立ち尽くしていたアルと美少女の視線が重なる。すると彼女の表情にぱっと光が差す。そして弾むような声で呼びかけてきた。

「貴男はもしかしてアルヴィン様?」


 アルは想定外の連続で呆気に取られている。するとその美少女は小走りでアルの許へと駆け寄ってきた。

「あの、アルヴィン様でしょうか?」

 小柄な少女が小首を傾げてアルを見上げる。その姿は男女を問わず皆を虜にするほどの愛らしさだ。

「は、はい、そうです」

 頬を上気させ満面の笑みで語りかけてくる美少女に気圧されながらアルが答える。

「お噂はかねがね伺っておりました。是非一度お会いしたいと思っておりましたの。まさか今日逢えるだなんて思ってもおりませんでした。精霊様の思し召しですわね」


 美少女から熱烈な言葉を投げ掛けられアルは目を白黒させる。只でさえ人見知りで口下手なのに、高貴な美少女相手では声を発するのもままならなかった。

 目の前で固まっているアルの様子に状況を理解した少女は照れくさそうに言った。

「あら、私としたことが、ご挨拶がまだでしたわね。私、マーガレット・チャールズ・フィッツモリスと申します」

 彼女はスカートを軽く持ち上げて会釈した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る