犬猿の仲
てっちゃんと将棋を始めてから3局目。どれも僕の得意戦法で挑んだんだけど――
「負けた……」
僕は負けたことに脱力し、後ろに背中から倒れ込む。
これで3連敗目。僕の自信はとうの昔になくなっており、3局目はほとんど放心状態で指してた。
「ふははっ! どれもいい対局だったな! 特に終盤の輝は人が変わったように強くなるな!」
勝ち誇っているのがムカつくけど、負けたから何も言い返せない。
てっちゃんの高笑いが響くなか、ピンポーンと来客を知らせる音が鳴った。
「ごめん、ちょっと行ってくるね」
「おう」
急いで玄関に向かう。インターフォンにカメラが着いていないから、直接対応しないといけないんだよね。
「はーい」
ガチャっと扉を開けると、そこには制服姿の愛奈ちゃんが!
「今日もやりましょ? 将棋」
「えっ!? 愛奈ちゃん!? 今日学校じゃなかった?」
「ついさっき終わったから、そのまま来たわ」
外に目を向けると日が落ちかけていて、いつの間にか夕方になっていた。
てっちゃんとの将棋に夢中で、時間の経過に気づかなかった。
そういえば、お腹が空いたな。昼食も忘れて将棋しちゃった。
「おーい輝、大声聞こえたけどどうし――」
「ん? 家に誰かいる――」
部屋から様子を見に来たてっちゃんと、玄関から中を覗き込んでいる愛奈ちゃんの目が合った。いや、合ってしまったと言うべきか。
僕は背中から冷や汗が流れるのがわかった。
なぜなら――
「――なんで金髪くんがここにいるのよ」
「は? 別に俺の勝手だろ? てか金髪くんじゃなくて、橋木先生と呼べ」
「なにを偉そうに。周りの先生たちが言ってるわよ。その金髪、気に入らないって」
「へっ、だからなんだよ。んなことしらねーよ」
2人の目線から、バチバチと電気が走っているように見える。
どっちも公式対局のとき以上の圧を放っていて、そんな2人に僕は気圧されてしまう。
そう、2人は仲が悪い。出会ったときから仲が悪い。
特に僕の前だとより一層険悪になるから、ヒートアップしてしまわないように気を遣うんだよね。
とにかく愛奈ちゃんを部屋に上げよう。このまま外で言い争っていたら、近所迷惑になっちゃうし。
「とりあえず、愛奈ちゃんは部屋に上がってよ」
「はあ!? なんでこいつを上げんの!? 俺たちの将棋、こいつに邪魔されたくないんだけど!?」
「私も金髪と一緒の場所で過ごすのはやだわ。彼を帰らせてちょうだい」
「おまえが帰れ!」
「2人とも、いい加減にしてよ! 近所迷惑だから!」
「……そうよね、迷惑になっちゃうわね」
「そ、そうだな。輝にも迷惑かかるよな……」
一時休戦して、愛奈ちゃんは部屋に上がった。
しかしリビングに戻ると、2人がまた睨み合いを始めてしまった。
「この金髪、あなたが呼んだの?」
「そうだけど……」
「なんで私じゃなくて、こいつなのよ! どうせ将棋のために呼んだんでしょ? だったら私でいいじゃない!?」
「へっ、お前とやる将棋は楽しくないんじゃねぇの?」
「そ、そうなのかしら?」
てっちゃんの言葉に不安になったのか、瞳を潤ませて僕に尋ねてきた。
「いやいや、愛奈ちゃんと一緒だと楽しいよ。てっちゃんも適当言わないで」
「お、おおう。ごめん……」
さすがに友達だとしても、僕の好きな人を悲しませるのは許容できない。
「ほらみなさい。嫌われてるのはあんたのようね」
「愛奈ちゃんも煽らないの! 僕のために将棋を指してくれたんだから」
「わ、わかったわ」
「へっ」
しおらしくなった愛奈ちゃんに、てっちゃんは鼻で笑う。
この2人、一生仲良くできなさそう……。
今だに火花を散らしている2人を見守ってると、愛奈ちゃんが僕に悲しそうな瞳で語りかける。
「で、なんで私を誘ってくれないの?」
「だって学校があるから行けないでしょ?」
「あなたのためなら、学校も休むわよ」
「それはダメ! 僕を優先してくれるのは嬉しいけど、学校に行ってるからには勉強もしないと!」
「だって……」
愛奈ちゃんはシュンと落ち込んでしまった。瞳もうるうるとしていて、今にも涙がこぼれそうだ。
正論はときに人を傷つけてしまうもの。このままだと好きな人を泣かせてしまう!
僕は必死に考えて、妥協案を見つける。
「わかった! じゃあ毎回、休日は愛奈ちゃんとVSやるって約束する」
「……ほんと?」
「うん、愛奈ちゃんが良ければ」
「私は毎日でもいいのよ?」
「それは……じゃあ放課後とか?」
「うん」
こちらとしては毎日でも来てくれるのは嬉しいけど、愛奈ちゃんは大変なんじゃ?
でも本人がいいって言うなら、お言葉に甘えよう。
「じゃあ毎日お願いしようかな。もしも忙しかったら、無理しないで来なくていいからね?」
「わかったわ!」
ぱあっと明るい顔になった愛奈ちゃん。
これから毎日、愛奈ちゃんと会えるのか……! しかも実戦的な将棋の研究もできて実力を上げることもできるし、タイトル挑戦も近いうちに実現できるかも!?
「ちょい、お二人さん。俺を抜いてイチャイチャしないでくれ」
「い、イチャイチャはしてないよ!?」
ジト目を僕たちに向けるてっちゃんに、僕は顔を赤くして即座に否定した。
隣にいる愛奈ちゃんは、なぜか胸を張って勝ち誇っている。うわぁ、胸元のボタンがはち切れそう……。
「ということだから。金髪、あんたは用済みよ」
「――んだと、こらっ! 輝に色目使いやがって!」
「つ、使ってないわよ! 負け惜しみなんて見苦しいわ!」
「だったら本当に用済みか、わからせてやんよ! 将棋でな!」
「受けて立つわ。どうせ、私に勝てないだろうけど」
「ちょ、ちょっと2人とも! ケンカはやめてよ!」
せっかく落ち着いてきたのに、また火がついてしまった……。
どっちも僕には大切な人だから、仲良くしてもらいたいんだけどね。
結局、2人の対局は夜まで続いた。
お互い1歩も譲らない展開だったが、最後はてっちゃんが勝利で終わったのだった。
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