宣言のち実行

愛奈ちゃんにタイトル獲得宣言をした2日後の月曜日。


早速だが僕は、タイトルに挑めるくらいの実力をつけるため動きはじめた。


あんな大見得を切っておいて、やっぱり取れませんでしたってなったらダサすぎる。


告白の前に「ダサい人とは関わりたくない……」なんて距離を置かれたら、残りの人生を寝込んでしまうだろう。


だからまずは、確実に自分の実力の底上げすること。


そのためにはやはり、実戦を積むしかない!


ということで、今日も今日とて将棋を指すのだが――


「まさかおまえから誘ってくれるなんて! お兄ちゃん嬉しいよ~~」


――――バタン。


玄関の前で、涙を流しながら抱きついてこようとしてきた男が立っていたので、すぐに扉を閉める。


「ええ、ちょっ! 輝!? なんで閉めるの!?」


「目の前に不審者がでたら、そりゃあ閉めるよ!」


僕はうんざりしながら、扉を再度開いた。


そこには金髪イケメンプロ棋士の橋木哲志(はしぎてつし)こと、僕の小学生からの友達のてっちゃんが頬を膨らませていた。


「なんで閉めるのさ! いじわる!」


「てっちゃんが乙女っぽいの、なんかやだ」


「おまえが呼んだのに失礼じゃね!?」


てっちゃんが言ったとおり、呼んだのは僕だ。でもこの男に声をかけたことを、会っただけで後悔してしまった。


いや、急に抱きついて来るなんて、普通にホラーでしょ。


あれ、愛奈ちゃんに僕が抱きつこうとしたことがあったような……? だったら僕、気持ち悪がられてる!?


でも愛奈ちゃん、別に嫌じゃないって言ってたよね? あーもう、わからん!


よし、考えるのをやめよう。それとてっちゃんのことも許そう。僕が来て欲しいってお願いしたんだし。


本音は愛奈ちゃんとVSをしたかったが、生憎と平日なので学校があるから無理なんだよね……。トップ女流棋士で全日制の高校まで通ってるなんて、将棋のことだけで精一杯の僕からしたら考えられない。


「とりあえず入ってよ」


「おう、邪魔しまーす」


「邪魔だけはしないでね?」


迷わずリビングに直行するてっちゃんの背中を見送り、鍵をかける。


何回か僕の部屋に来たこともあり、我が家のような振る舞いだ。


「じゃあ、将棋指します?」


「うん、お願い」


「平手で持ち時間は15分で、時間切れたら一手30秒にしようか」


椅子に上着をかけて、駒を置くジェスチャーをするてっちゃん。


それに僕は頷いて、既に将棋盤を用意している和室に向かう。


「珍しいよね、輝が俺を呼ぶなんてさ。いつもは部屋にあげるのも嫌がるくせに」


てっちゃんはどかっと上座に胡座をかき、ニヤッと気味の悪い笑みを浮かべている。


なんか心を読まれているようで、僕は対局時計をセットして視線をてっちゃんから逃がす。


しかし逃すかと言わんばかりに、僕の顔を覗き込んでくる。


「どういう風の吹き回しだぁ?」


「……タイトル取りたくて」


「タイトル? なんで?」


「それは、内緒……」


理由は愛奈ちゃんに告白するためだけど、てっちゃんにそのことを正直に話したら揶揄われそうだから隠しておく。


てっちゃんは首を傾げて必死に唸っているが、結局答えが出なかったようで「なんでもいいや!」とパンっと太ももを叩いた。


「理由はわかんないけど、どうしてもタイトルが取りたいって気持ちは伝わったぜ! よし、俺も協力しよう!」


「ありがとう、助かるよ」


僕も盤の前に座り、てっちゃんと向かい合う。


「協力するからには容赦はしないぞ?」


「もちろん、じゃないと意味がないよ」


「お、やる気が漲ってるねー! じゃあ先手どうぞ?」


カチッと前触れもなく対局時計を押した。これで僕の持ち時間が進んでいく。時間が15分と少ないので、急いで指さなければ。


僕は飛車先の歩を突き出した。


「いきなりすぎない? 始めるなら言ってよ」


「細かいところを気にしてたらモテないぞ?」


ニヤけ顔は変わらず、パチっと同じように飛車先の歩を突き出した。


この時点で相居飛車は確定だろう。


将棋の指し方には居飛車と振り飛車がある。飛車を動かさない事を居飛車、飛車を横に動かすことを振り飛車。


僕や愛奈ちゃん、てっちゃんは小さいときから、ほとんど居飛車を指している根っからの居飛車党だ。というか最近は居飛車党のプロ棋士が多い。


AIが流行してる昨今、飛車を振るとそれだけで数値がマイナス、つまり悪手扱いになってしまうのだ。


ここまで僕たちはノータイムで指していく。


僕が角道を開ける為にあげた歩を取ることで、戦型は横歩取りになった。


「輝の得意な横歩取りですかー」


「まあ奨励会も、ほとんどこれで勝ったからね」


「自信はアリと……」


てっちゃんは意味深に笑い、僕のことをじっと見てくる。


自分がもっとも勝つ確率の高い戦型を選ぶのは定跡なのに、なぜかこれでいいの?と煽られているように感じる。


「舐められたもんだね〜。横歩取りなら俺に勝てると思われてるんでしょ?」


「……僕の得意戦法だと自負してるからね。てっちゃん相手でも負けないよ」


余裕を隠そうとしないてっちゃんに、僕も不敵な笑みで対応する。


相手は橋木七段。将棋の8つのタイトルのうちのひとつ、棋王戦で予選を勝ち上がり、決勝トーナメントまで進めている棋士だ。


だからと言って気負っている場合じゃない!


駒をバチッと気合いを入れるように打ち込み、定跡をなぞった。

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