Prologue 彼方への追悼
目に映った情報の多さに眩暈がする。
上空に広がった一面の天色は、この風景が紛れもない現実であることを告げていた。逃げるように視線を下げれば下げるほど、今度は人工的な鈍色が視界を染めていく。
ここが、記憶に存在する東京と同じ場所とはとても思えなかった。
衝撃に意識が混濁するが、辛うじて話を振る。
「お前たちが持っている情報を話してくれないか」
3人は少しの間顔を見合わせていたが、男2人の圧に屈したのか、観念したかのような息を吐き、少女が口を開いた。
「ああ、ごめん。自己紹介もまだだったね。私は
「緊張しているのか?それとも警戒…」
「いや、あなたに敵意がないのはわかるわ。ただ、機械相手に話すのなんて初めてだし。それに、東京を見つめるあなたが少し寂しそうだったから…。」
そこまで顔に出ていたのか。気持ちを落ち着けるため、今度は自分が深く息をつく。それでも、一度交錯してしまった感情が落ち着いたようには感じられなかった。
「すまない、啼。」
「謝らないで、長い間眠っていたのだから仕方ないわ。」
何を話したら良いのかわからず、返答に滞ってしまった。
結果、少しの沈黙の後、口火を切ったのは啼だった。
「旧時代の東京はそんなに綺麗だったの?私たちは写真や映像でしか見たことないから。」
「そうだな。私の記憶の中は美しかった東京で溢れている。街は色づき、人々は活気に溢れていた。留まることを知らない発展は、街の様子を目まぐるしく変化させていた。
…それでも、あの日を境に荒廃は進んでしまった。」
「あの日というのは、『文明最後の日』、ね?」
「今ではそう呼ばれているのか、何分呼び方が決まる前に寝てしまったものでな。いや、すまない。私の記憶を先に話してしまった方が早そうだな。」
彼らの表情から、笑みは既に消えていた。
「私が誕生した頃、人類は大きな戦争に直面していた。しかし、人類は自らの手を汚すことを拒んだ。」
「機械兵による代理戦争…」
啼の応答に小さく頷き、続ける。
「各国は技術力を競い、こぞって機械兵の製造に費用を注ぎ込んだ。文明は過去に類を見ないほどの成長を見せ、もはや国家間の戦争など不要であるかのように思われた。それでも、人という生き物は好奇心に勝てないのかもしれない。ある国が製造に留まらず、試験運用という名目で小さな内紛に機械兵を投入した。今思えば、どの国も本当はその日を待ち望んでいたのだろう。結果、圧倒的な戦闘力の高さを見せつけた機械兵は、人々に野望を植え付けてしまった。あらゆる条約や国際法規は無視され、次々と機械兵は侵略のために運用され始めた。気づけば膠着状態は崩れ、地球は機械が機械を殺す戦場へと変貌していた。」
「機械同士で、本当に殺し合いをしていたのか。」
「しかし、世界は大きな誤算をしていた。あまりに高度なAIを搭載した機械兵は、機械同士の戦闘に意味を見出せなくなった。それどころか、自分たちが破壊されようとお構いなしの人類に対して反旗を翻すようになる。彼らは人類に牙を向けたことを悟られないように独自のネットワークを構築し、作戦を練り、そして、人類に気づかれることなく、その日を決行した。」
「それが、『文明最後の日』。人類がネットワークから完全に遮断された日であると同時に、終わりのない戦いの、幕開けの日。」
今度は啼が、補足するかのように付け加えた。
「人類はその文明を発展させるうえで、多くをネットワークに結びつけすぎたんだ。当時、あらゆる機械はネットワークに接続された状態だった。人類は、それが便利であると信じて疑わなかったからな。そして、機械兵たちはそこを見逃さなかった。」
脳裏には、通信が取れなくなった人類が、なすすべもなく機械兵に惨殺される映像がへばりついていた。どこが安全で、どこに機械兵がいるのか。人類はたちまち、かつて火を持たない猿だった時代まで引き戻されてしまった。情報が得られないという不安に駆られた人々が暴動を起こし食糧を取り合う様は、地獄という形容ではあまりに力不足だった。あそこまで大規模はネットワークエラーを起こすためには、おそらくー
「最初は衛星だった。」
凄惨な記憶から、少しでも気をそらそうと横を向くと、3人は空を見上げていた。その姿は、かつて宇宙に無限の可能性を見出していた人類の姿に重なって見えた。
それでも、無限の可能性は最悪の形で人類に降り注いだ。
「大規模なネットワークから、徐々に、小さな通信機器や家庭用電化製品まで、人類は積み上げてきた技術を、たった1日で機械兵によって破壊された。助けを求めようにも、情報を得ようにも、頼ってきた機械はもはや機能しない。人類最高の技術を持ってして生み出された機械兵たちを相手に、もはや対抗できる手段は残っていなかった。」
長い沈黙の時が流れた。
その間、彼らはまるで人間に似せて作られた彫刻であるかのように静止していた。目にかぶさった髪を払っている自分の方がよほど人間らしいように思える。
彼らの姿を見れば見るほど、今の自分にはこの世界を嘆く権利などないように思えた。
「芽衣は?機械なのにネットワークに接続されていないなんてことがあったのか?」
あまりに長い静けさのためか、沈黙を裂いたその声は私の体を少しこわばらせた。
落ち着いて声の主に顔を向ける。
「ああ、ごめん!日輪…の方が良かったか?それとも…、ああ!俺はまだ名前言ってなかったか!
怖い顔をしていたつもりはなかったが、あまりに慌てた様子を見て、つい笑みが溢れる。
でもよかったのかもしれない。張り詰めていた緊張感が少し、解けたような気がした。
「芽衣、でいい。日輪は、私を作り出した博士の名前なんだ。私は博士から名前を授かった。」
狛、と名乗ったその男に、溢れた笑みをそのままに返事をする。
「機械を作り出せるなんて優秀だったんだな!!」
博士に対する賛辞は、違っていると分かっていても自分のことであると錯覚した。先ほどまでの緊張感は嘘であるかのように気持ちは緩み、思い浮かぶ記憶は色づいてゆく。
それでも、今、彼らに全てを話すわけにはいかなかった。再び溢れかけた笑みを無理やりしまいこむと、改めて彼らに向き合った。
「ああ、日輪博士はー、
機械兵たちの反逆を、世界で唯一察知できた研究者だった。」
「日輪博士は機械兵と戦わせるために芽衣を作り出したのか?」
狛こまは純粋な質問をぶつけたつもりだろう。それでも私は言葉に詰まってしまった。
「…っ。」
そうだった。私は何も、博士について何も知らない。ずっとそばにいながら、最後まで教えてくださらなかった。
「無理しなくていいのよ。話したくないこともあるでしょう。」
その優しさは、少し痛みを伴っていた。
知りたくないわけないだろうに…。
優しさに応えるためか、痛みから逃れるためか、私は彼女に微笑み返してみせた。
「大丈夫だ、啼なき。」
また、少し深呼吸をする。
「人類は情報の伝達に始まり、掃除や料理、移動手段に至るまで、日常の全てをネットワークに接続した機械に頼るように進化していった。世の中の便利さを追求した研究者たちはそれだけでは飽き足らず、ついには使用人を機械で製造するに至った。そして、私はその過程で誕生した。当時最新モデルだったメイド型アンドロイド、『メイ』。華やかな武装を携え、空を自由に飛び回る機械兵とは違う。人類に奉仕し、頼まれた雑用をこなすための機械に過ぎなかった。」
狛の表情が明らかに変わったのが見てとれた。
神妙な面持ちだが、笑いでも堪えているのか。
「似合わないか?」
少し投げやりな聴き方になってしまったが、狛はすぐに意図を察したのか、一瞬慌てた様子を見せた。慌てた自分に驚いたのか、即座に落ち着きを取り戻さんとしたようだったがもう遅い。取り繕いきれなかった焦りは言葉となって表れていた。
「そんなことないさ!芽衣の見た目が機会兵よりも人間に近い理由がよくわかったよ。初めて見た時なんてどうみても人間だったからなぁ。」
「ああ、背中にチューブが繋がってなかったら、まず人間だと思い込んで疑わなかったかもしれないしな。今だってその瞬きや呼吸、本当は必要ないんだろ?」
狛に被せる形で紡がれた、獅子島しじまの言葉には棘があるように感じた。
「ああ、瞬きや呼吸は確かに必要ない。メイドとして出荷される私たちには、より人間らしさが求められていただけだ。」
答えながら、先ほどの違和感を思い返す。気のせいだろうか?無意識に獏に視線を移した時、違和感が姿を変えて襲いかかってきた。その目に潜んだ明らかな敵意を感じ取ってしまったのだ。
反射的に手のひらに指を押し当てる。
が、すぐにそれを解いた。彼らも機械兵に多くを奪われてきたはずだ。自分が機械である以上、信頼関係の構築には時間がかかることは明白だろう。誘いを受けた時点でわかっていたことだ。
それでも、もう一度彼らの顔を見る気にはなれず、風景に視線を逃して話を再開する。
「博士は機械兵の謀略を察知すると、まず私をネットワークから切り離した。当然、私も元々はネットワークの一部だったからな。そして私を戦闘用に改造した博士は、ほどなくして自分を護衛するように私に指示を出した。」
私の記憶には、いつも博士の姿がある。ネットワークを持たない私にとって、この記憶は誰とも共有していない、私だけのものだ。
機械にとっては思い出す、など必要のない行為だ。貯蓄されたメモリーは、時間を要することなくいつでも取り出すことができる。
それでも、記憶を辿るかのような口振りをしてしまうのはなぜだろう。
「博士…日輪博士は、人類の切り札となる“何か”を製造していた。私をネットワークから切り離したのも、その“何か”の製造が機械兵に伝わってしまうことを避けるための処置だった。」
「それでも、あなたがここにいたということは」
彼女の声には靄がかかっているかのように聞こえた。どうやら私は思っていたよりも記憶の世界に入り込んでいたらしい。気づいた自分に少しだけ驚き、少しだけ恥じらった。
悟られないように再び彼らに向かい合い、最後の記憶を綴る。
「そうだ、結局、私たちの研究は彼らに見つかってしまった。襲いくる機械兵と戦いの最中、再起不能となったは私を、博士はこの地に運び込んだ。昔、馴染みの研究施設として使用していたと話されていた。背中に繋がれていたチューブ、あれはその当時使用していた修復装置だ。使えるかどうかは賭けだったが、博士はさすがだな。今や私に傷ひとつ残っていない。」
守りたかったものも、ひとつも残っていないけどな…。
どれだけ辿っても、扉を閉めた博士の姿で私の記憶は途切れていた。
「記憶の途切れと、再開。おそらく、扉の開放が再起動のトリガーになっていたのだろう。」
自分でも、徐々言葉に力が入らなくなっているのを感じる。扉を開けることで再起動する予定であったのならば、博士は私を迎えに来てくれるつもりだったのか、それとも…二度と…
「ありがとう。あなたの話を聞かせてくれて。」
私を思考の渦から救い出してくれたのは、
紛れもなく、今を生きる一人の少女だった。
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