I:機械少女は夢を見る

丑永 子守熊

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―感情が頬を撫でる

―出るはずのない涙が地面を穿つ頃、視界は既に白く―
























「……だ?」







―遠くから声が聞こえる。







「…って、意識がないみたい」



―徐々に、声が鮮明になってゆく。


「でもどう見ても機械兵…だよな?」

「旧時代からの贈り物かもしれないよ?」


―しかし、声はまだ耳を通り過ぎて行くだけだった。話している内容を理解するよりも先に動いた思考は―



どれだけ時間が経ったのだろう。

そう思って瞼を持ち上げた時、初めて声の主が自分に向けて武器を構えていることに気がついた。

正面に2人、少し下がって出口を塞ぐようにもう1人。


「待っってくれ、、、、わ、私に敵意はない」


まだ機能が回復してないのか、口から出る言葉が安定しない。

話し合いを求めてみたものの、彼らに武器を収める気配はなかった。


「機械兵か?」


あまりに穏やかなその口調は、彼らの強さを知るうえで十分すぎる情報だった。


「私の名前は、日輪ひのわ 芽衣めい。機械ではあるが、機械兵ではない。」


全身に取り戻してきた感覚を確かめながら、背中に刺さったチューブからその身を解放し、彼らの元へと歩みを進める。


「日輪?芽衣?聞いたことないな。それはどっちが名前なんだ?」


何を聞かれているのか分からず、思わず歩みを止める。余程困った顔をしてしたのだろう。彼らの一人が代わりに答えてくれた。


獅子島しじま、お前は本当に何も知らないな…。旧時代の人々は名前が二つに分かれていたんだ。苗字といって、親から受け継ぐものらしい。」


この人たちは何を話しているのだろう。すっかり動くようになった頭を動かしてみるものの、状況は一向に掴めない。


「苗字がない?それにさっきからお前らが言っている旧時代とはなんのことだ!機械兵はどうなった!?人類は勝ったのか??」


たまらず語気が強くなる。しかし、彼らは変わらない調子で答えた。


「負けたよ。人類は負けたんだ。」


言葉と同時に、自らの膝と地面の衝突音が鼓膜を叩いた。


「…そうか。」


下を向いた私を他所に、彼らは武装を解除しながら会話を続けた。


「本当に何も知らなそうだな、これは敵じゃないと見ていいんじゃないのか?」

「ああ、私もそう思う。それに、名乗る機械兵なんて聞いたことがない。」


足音の反響音が近付く中、私の目はまだ地面だけを映し続けている。


「なあ、旧時代の機械なんだろ?昔の話を聞かせてくれ。もしかしたら機械兵に勝てる手がかりになるかもしれないんだ。」 


「人類は負けたんじゃないのか?」


完全に機能が復旧した口から出たその台詞は、先ほどよりも聞き取りづらいように思えた。


「負けたさ、でも俺たちは確かに生きてる。それは諦めなかった昔の人たちがいて、今もまだ諦めてない奴らがいるってことさ。さっきの口ぶり、日輪芽衣、お前も人類の勝利を望んでいたんだろ?俺たちと一緒に来ないか?」


私は、なぜ今になって目覚めたのかなんてわからない。既に敗北したという人類のために何ができるのかも。

それでも、私に搭載されたAIは、彼らに背を向けることを許さなかった。


「私は、機械兵を倒すために作り出され、そして敗北した。しかし、お前たちに戦う意思がある限り、私も、もう一度戦うことを約束しよう。」


顔を上げた私に、先程獅子島と呼ばれた男が強く頷いてみせた。


「決まりね、とりあえず外にでも出る?」


一際落ち着いた声に手を引かれるかのように、視界は暗かった部屋から外の世界へと移り変わってゆく。



変わり果ててしまった東京に足を踏み入れた時、笑みを浮かべる彼らの中で、私だけが、表情の作り方を忘れていた。

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