騎士のお仕事 6

 しかしながら。良い加減、騎士団長としての職務を果たすことに、執務室に戻ることに全力を注がなくては。思考を切り替えて地下を歩く。でないと騎士団長としての仕事が終わらない。しかしその固い意思はそう簡単には通らない。しばらく歩くと、ラウドの耳に複数の人間が発する叫び声が聞こえてきた。


 辿り着いた、広大な空間に息を吐く。廃城の地下に広がる空間の中でもとりわけ広く、そして魔法の力が有るからなのか地下なのに明るく見えるこの空間では、多くの騎士達や騎士見習達が武術の稽古に励んでいた。広場の中で訓練している騎士の中に、カルの大柄な姿を認める。ラウドと同じくらいの長さの薄色の髪を振り乱しながら、カルは部下らしき騎士達に剣の技を教えていた。そのカルの姿を、訓練場の隅で見るともなしに見詰める。


「カル、足裁きが悪い!」


 かつてラウドとカルに古き国の騎士としてのあらゆる技を教えてくれた今は亡き恩師リュングの声が、脳裏に響く。確かに、カルの戦い方を傍目から見ていると、一対一ではカルが必ず勝つだろうが、三人以上の敵に囲まれたらどうだろうか。味方を守りながら戦っていたら? 周りが見えていない。リュング師匠なら怒鳴るレベルだな。ラウドは取り留めも無くそんなことを考えていた。と。


「これはこれは騎士団長殿」


 ラウドの思考を見抜いたかのように、教える手を止めたカルがラウドを睨んで嫌みを込めた声を上げる。


「見ているだけではつまらないでしょう。手本をお願いします」


 カルが無造作に投げた訓練用の刃を丸めた剣を、ラウドは黙って受け取った。


 マントを外して傍らのベンチに置き、訓練場の真ん中に出る。ラウドが剣を構えるより先に、カルとカルの部下達四人がラウドを囲んだ。ずっと前に女王リュスに無理難題を出された時には、ラウド一人に対し相手は四人だった。その時には何とかピンチを切り抜けたが、その時よりも体調が良くないことを、ラウドはきちんと自覚していた。リディアのことで眠れていない上に、食欲も無く、食事を殆ど摂っていないのだから、当然だろう。訓練場の床を踏みしめる足裏に、力が入っていない。ラウド専用の治療師になってしまっている妻のアリにも「無理しないでくださいね」と念を押されている。その状態で、彼らに勝てるか? ラウドの思考を切り裂くように、鈍い煌めきが四方向からラウドに向かって降ってくる。ラウドが避ければ味方に当たる、無茶な攻撃を! 怒りが頭に達するより早く、ラウドは最初に突進してきた一人を蹴り上げ、持っていた剣と左手首に仕込んである盾の魔法で二方向分を留めた。だが残りの一つは無理だ。身を捻ったラウドの背に、重い痛みが走った。古き国の騎士達の武術訓練は、実戦に準じる。使用する模擬武器も、刃を丸めただけでそれ以外は普通の剣や槍と変わらない。鎧を着けていないラウドの身体に当たれば、痛いでは済まされない。だから。右手の剣と左手の魔法の盾で留めていた二つの剣を跳ね飛ばすと、今度は斜め前と斜め後ろから来た剣を、ラウドはもう一度身を捻って躱した。だが。


「ぐぅっ」


 腹に響く痛みに、呻いて身体を曲げる。前後の攻撃に気を取られて横を忘れていた。ラウドがそう反省するより早く、再び背中を強かに打たれる。床に落ちかけた身体を、ラウドは何とか足を踏ん張って支えた。顔を上げて、後ろを睨む。やはり、予想通り、ラウドの背後にはカルの怒りに満ちた瞳と嘲笑う口元があった。見下す視線に、悲しみよりも怒りが勝る。いつの間にか、ラウドの模擬武器は誰にも見えない速さで弧を描き、カルの横にいた騎士の首筋を強かに打ち据えていた。


「えっ!」


 訓練場を走るどよめきが、ラウドの耳を打つ。一瞬呆然としたカルがラウドに向かって剣を構える前に、ラウドは左横の剣を魔法の盾で留めながら右にいた騎士の腹を薙ぎ払い、その勢いのまま後ろと左横にいた騎士の模擬武器を床に叩き落とした。


「これで、いいだろう」


 降ってきたカルの攻撃を一歩下がって剣で留めてから、荒い息でそう言い放つ。カルはラウドを鋭く睨むと、持っていた自分の剣を留めていたラウドの剣ごと投げ捨てた。自分の手からすっぽ抜けた剣に驚くより先に、カルの逞しい両腕が、ラウドのチュニックの襟元を掴む。体格差で爪先立ちになったラウドの、褪せた赤いチュニックを、カルは襟元から裾まで引き裂いた。そして唐突に、ラウドを、囲んでいた騎士達の中に突き飛ばす。何を? カルの行動に疑問を感じたラウドは、しかしすぐに自分の左肩を驚愕の思いで見詰める視線に気付き、大きく息を吐いた。ラウドの左肩にあるのは、獅子の横顔。この痣を持っているのは、敵の大将である獅子王の血を受けた者だけ。ラウドが獅子王の血を引くことを知っている騎士は多いが、そのことを知らない騎士も居る。カルは、ラウドが敵方の血を受けていることを知らしめる為にわざと、ラウドのチュニックを引き裂いたのだ。カルの中にある憎しみに、ラウドは心が冷たくなるのを感じた。


 足を踏ん張り、倒れかけた身体を立て直す。破れたチュニックを左肩に掛け、訓練場の端で脱ぎ置いてあったマントを肩に掛けると、ラウドは無言で訓練場を立ち去った。

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