騎士のお仕事 5
鍛冶師達の仕事場から、今度こそルチアをアリの許へ返す為に、女王の執務室の方へ向かって歩く。意外なことに、ラウドの予想より早く、白金色の髪をした小柄な人影がラウドの瞳に映った。
「アリ」
しかし呼びかけようとして、妻とは別人であることに気付く。古き国の女王の血を引くという自分の出自を隠す為に、アリは常に、白金色の髪を頭巾で丁寧に包んで隠していた。髪を垂らした姿を目にしたことは、夫であるラウドでも数えるほどしか無い。と、すると、この人は。
「ライラ」
また、未来に飛んでしまったのだ。溜息と共に、ラウドは曾孫に当たる人物の名を口にした。
「ラウドさん!」
ライラの方はすぐにラウドに気付き、駆け寄ってくる。
「その子は誰? 可愛い」
そしてラウドの腕の中のルチアを抱き取り、その少しだけ赤い頬に自分の頬をすり寄せた。
「ぷにぷにして、可愛いわね」
ライラが抱いているちびルチアは、ライラの祖母に当たるのだが。言いかけた言葉を、ラウドは苦笑と共に飲み込んだ。
「ライラ」
そのライラの後ろから、細身の影が赤い髪を振り乱してやってくる。異父弟ルイスの曾孫、歴史改変の原因であるルージャだ。改変したときにはまだ十四の少年だったルージャも、立派な青年に育っていた。
「その子、どうした?」
「ラウドさんの子供だって」
ライラの言葉に、ルージャはルチアをまじまじと見やり、そしてラウドをじっと見詰めた。
「似なくて良かったな」
「俺に似たら、もっと可愛い子になってた」
不躾で正直なルージャの言葉に、皮肉で返す。確かに、小柄で女顔のラウドに似ようが、ラウドよりも華奢なアリに似ようが、ルチアの可愛らしさは変わらない気がする。自分の思いつきに、ラウドは心の中で苦笑した。小柄も女顔も、ラウドがいつも気にしていたことだったのに。意外なところで劣等感が役に立つこともある。目が覚めたような気がして、ラウドはにこりと笑った。
「それはそうと」
ライラの腕の中の方が居心地が良いのか、ラウドが抱いている時とは打って変わった柔らかい表情をルチアが見せる。そのルチアの頬をつつくライラに、ルージャがそっと声を掛けた。
「探索に行っていた奴らが帰って来ている。謁見の間に行ってくれ、ライラ」
「分かったわ。ありがとう」
ルージャの言葉に、ライラは少し残念そうにルチアをラウドの腕に返す。そしてすぐに、赤いローブの裾を翻して地下の通路を軽快に走り去って行った。ローブと一緒に翻る白金色の髪と、首に掛けられた赤い宝石の嵌まった首飾りが、眩しい。ライラは、あの小さい身体で女王としての重い職務を一生懸命こなしている。そのことが、ラウドの心にぐさりと突き刺さった。
「大変だな」
そのライラの後を走りだろうとしたルージャに、声を掛ける。
「騎士団長としての務めだから」
そう言って走り去ったルージャの背中を、ラウドは悲しく見詰めていた。ルージャがあの若さで騎士団長を務めているということは、やはり、騎士団長を務めるはずだったレイは歴史から消えてしまっているのだ。
「ルージャ、幾つだ?」
既に近くには無いルージャの背に、質問を投げる。ある意味不躾なラウドの問いに、ルージャは振り返りもせずに答えた。
「二十」
そうか。今の自分よりも六つも若いのか。誰も居なくなった空間で、こくんと頷く。ラウドが狼団の騎士団長に任命されたのも、確か二十の時だった。その時も、まだ若いという声が一部で挙がったことを覚えている。それでもこれまで、失敗は多々あるとしてもラウドが団長を滞りなく務めることができたのは、ラウドを支えてくれた女王リュスと、古き国の老若の騎士達のおかげ。ルージャには、支えてくれる騎士が居るのだろうか? 歴史のいたずらによって生まれた、何処かレーヴェに似たロボという名の少年や、古き国の騎士であった兄達に囲まれて育った祖母の影響を受け、「ラウドのような騎士になりたい」と言っていた義賊の首領、エルは、ルージャの傍に居るのだろうか? 既に視界に無い、大柄とはいえない背中に、ラウドは顎を引いて頭を下げた。半分くらい、いやほぼラウドの所為で、ルージャには年に似合わぬ重責を負わせてしまっている。そして、ライラにも。彼らの仕事が軽くなるように、ラウドも努力しなければ。ラウドがそこまで思考した、正にその時。
「ルチア!」
甲高い声が、ラウドの耳を打つ。次の瞬間、ラウドの腕の中のルチアは、飛び込んできた赤い髪の少女に奪われていた。
「ラウド兄様が子守してたのね。珍しい。アリが聞いたら泣いて喜ぶわ」
容赦無い異父妹ロッタの言葉に、微笑を作る。ロッタも、歴史が改変されなければ、レーヴェによって人格を破壊された上で早世していた。それが、今こうして昔と変わらない闊達な笑顔を見せているのは、……ルージャのおかげ。
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