騎士のお仕事 4

 地下の静かな空気に、鉄の匂いが混じったのを感じ、顔を上げる。どうやら、女王の謁見の間や執務室などがある場所とは正反対の場所に来てしまったらしい。耳を澄ますと、武器を鍛える金属音がラウドの耳に響いた。しかしラウドがここへ辿り着くことをこの城が望んでいるのならば、ラウドに逆らう術はない。ラウドはふっと息を吐くと、ルチアを抱え直して再び歩き出した。


「おや、ラウド様」


 鍛冶師達の仕事場の入り口で、この場所を管理する鍛冶師の長に声を掛けられる。


「見回りですかい」


「いや、迷子だ」


 長の言葉に、ラウドは正直に答えた。同時に、ルチアと一緒に仕事場を覗き込む。部屋の奥にある大きな炉の中の火は様々に色を変え、その側で打たれる鉄は鋭い火花を散らしていた。革鎧の修理をしている職人も居る。そして。


「ラウド様」


 ラウドの従者であるクロムも、刃の仕上げをする職人の側できらきらと目を輝かせていた。


「見てください。新しい短剣を作ってもらったんです」


 職人から渡された、できたての短剣を眺め、クロムが感嘆の息を吐く。その短剣の刀身が持つ銀色の光の鋭さに、ラウドは何故か不安を覚えた。しかしすぐにその感情を頭から払い落とす。剣は結局、誰かあるいは何かを傷付ける為のものだ。そのことにいちいち不安や恐れを抱いていては、前に進めない。


「ラウド様も、剣の点検をしていったらどうですかね」


 ラウドが腰に佩いた剣を見て、長がそう声を掛ける。そういえば、帰ってからの手入れを怠っている。ラウドはルチアを長に渡すと、剣を腰から外して側のテーブルの上に置いた。


「明日執務室に持って来てくれれば大丈夫だ」


 この城の中で危険な目に遭うことは、おそらく無いだろう。ラウドは再びルチアを受け取り、そしてもう一度辺りを見回した。


「なかなか盛況だね」


「おかげさまで」


 古き国の王城は、魔法で作られた峻険な山々に囲まれている。その山から採掘した鉄を使うので、武器や防具は潤沢にある。問題は。


「しかし食糧は足りていないようですな。ゴミや排泄物の処理も、今の設備では追いついてませんぜ」


 長の言葉に、息を吐く。長の言葉は正確に、現在の城の地下の問題点を突いていた。古き国が新しき国に破れた時の為に、女王が隠れ住むことのできる場所を城の地下に作る計画は、ラウドが生まれるよりも更に昔から進んでいた。食糧を備蓄し、地下でも育つ食物を検討し、排泄物を処理してガスと肥料を作る施設を開発する。そこまでは、できていた。しかし、準備できていたものはどれも小規模で、現在の人数の騎士達が隠れ住むには容量が足りない。現に、排泄物を処理する施設の方は何度も修理が必要な状態に陥っている。食糧の方も、王城を囲む峻険な山々の地下から採掘される宝石をこっそりと売り、得たお金を使って仕入れてはいるが、新しき国の注意を引かないようにする為に売買は小規模にならざるを得ない。需要に供給が追いついていない状態なのだ。


「一応、ルイスに隠里の場所の選定を頼んでいるけど」


「早めに騎士達を分散させた方が良いですぜ。このままだと、ここは早晩住めなくなりますな」


 長の言葉に、ラウドはうーんと唸った。新しき国の目を逃れて騎士達が隠れ住める土地は、おそらく限られている。現在のところ、義父であるローレンス卿が暮らす『竜の領域』近くの村だけだ。それを、増やすとなると、……異父弟で、現在は『狼』団の副団長を務めているルイスとその配下の者だけでは、人員が足りないかもしれない。もう少しルイスに人員を割こう。ラウドはそう、決意した。古き国を、女王を守り、悪しきモノをこの世界から駆逐するには、ある程度の技術を力を持った騎士が一定数必要だ。

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