騎士のお仕事 1

 騎士団長専用である広い机の上に散らばりぎみになっている羊皮紙の数を数え直し、顔を顰めて息を吐く。やはり、報告書が一枚足りない。


 探索から帰還した後、団長宛に探索の結果を報告書として提出するのは、古き国の騎士団の一つである『狼』団の重要な仕事の一つ。騎士達が次に向かう場所の危険度を把握する為に必要なものだ。そのことは、『狼』の騎士団に所属する人間なら皆知っているはず。簡潔に書き記して団長に提出することを、見習いの頃からきちんと指導されてもいるはずだ。なのに、その大切な報告書を出していない者が一名いる。その人物の顔が脳裏に浮かび、ラウドは肩を竦め、らしくない溜息をついた。


「カルの隊の、報告書は? クロム」


 『狼』団の団長の執務室、殆どが書類と地図で埋まっている大きな机の横にずっと直立不動で立っている従者に、静かに尋ねる。狼団の副団長であるカルはきちんと報告書を出していて、この机の上で迷子になっているだけなのかもしれない。あるいは、まだ経験の浅い従者であるクロムが持っているのかもしれない。ラウドのその僅かな期待は、しかしすぐに打ち砕かれた。


「出ておりません。私は預かっておりませんし、ヴォルク副団長が預かっているという報告もありません」


「そうか」


 ラウドには少し大き過ぎる椅子の背に、身体を預ける。横目で見た従者クロムの顔は、普段通り。ラウドに気を遣って、リディアのことが書かれているカルからの報告書を、持っているのに机の上に置いていないということは無さそうだ。団長であるラウドの不在時に、ラウドの代理として狼騎士団を指揮するヴォルク副団長はラウドよりずっと年上であり、真面目で職務に忠実な人物だから、気を遣ってカルからの報告書を団長であるラウドに見せずに処理するということは無いだろう。と、すると。重く苦い思いが、ラウドの心を更に重くさせた。


 リディアのことでずっと泣いていた所為か、頭と目が重い。食欲も無く、ここ数日殆ど食物を口にしていない。今朝食べたのも、アリが心配顔でラウドの方を見るので無理矢理口にした苦い味のスープ一皿のみだ。それでも、前に進まなければならない。ラウドはゆっくりと椅子から立ち上がった。


「図書室に、行ってくる」


 クロムにそう言いながら、壁に掛けた黒いマントを羽織り、古き国の騎士の証である椿を模した銀色の留め金と『狼』団の団長の印である狼を象った金の留め金でマントを留める。直接カルに会って報告書を出せと言うことは、できる。だが今は、それはしたくない。団長の立場で考えると、カルにはもっと厳しく接する必要があるのは分かっている。だが、ラウドの心の中の子供の部分が、カルに会うのを拒否していた。


 古き国の騎士達が携行を義務付けられている『記録片』を経由することで、古き国の騎士の言動は全て、古き国の女王が住まう王城の地下にある図書室の本に記録される。カルに直接会わずとも、図書室にあるカルの言動が記録された本を閲覧すれば、報告書の代わりになる。それで当分は何とかしよう。ラウドは何とか自分に折り合いを付けると、机の上の片付けをクロムに頼んで執務室を出た。

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