騎士の悔恨

 見覚えのある天井が、ラウドを優しく出迎える。


〈やはり、夢か……〉


 ラウドはふっと息を吐くと、薄暗い空間に気怠い上半身を起こした。


 辺りを見回さなくても、女王が住まう古き国の王城の地下にある自分の部屋にいることは、すぐに分かる。『狼』騎士団の職務に従い、大陸の北東辺りを探索して戻って来た後、騎士団の団長として女王に任務の遂行について報告する為に謁見の間に向かったところまでは覚えている。しかし、女王に謁見してから自分の部屋に戻り、ベッドに横たわるまでの記憶が、無い。何を、したのだろうか? ラウドは必死に思い出そうとした。


 と。


「ラウド様!」


 部屋の扉が大きく開き、カンテラの光と共に小さな影が入ってくる。その瞬間に、ラウドは全てを思い出した。


「アリ」


 ベッドサイドにカンテラを置いたアリの、小柄な身体に、右腕を伸ばす。抱き締めた華奢な身体の温かさに、ラウドはほっとすると同時に冷たい感覚を覚えた。アリは、ここにいる。しかしリディアは。


 北西部分以外を海で囲まれた、岩の多い大陸。その大陸を支配していた『古き国』が、北西部から興った『新しき国』に滅ぼされて二年が経とうとしていた。新しき国の王、獅子王レーヴェの許で、大陸は平穏を取り戻しつつある。しかし古き国は完全に滅びたわけではない。古き国を支配していた女王と、彼女に従う騎士達は、かつて女王が住まっていた王城の地下に潜り、今も女王を守っている。勿論、新しき国に女王のことを知られてしまえば、女王は無惨に殺され、地下に隠れた騎士達の命も無いだろう。それでも、女王を守る理由は、『悪しきモノ』の為。領域を超えて人を喰らい、生物に取り憑き他の生物に害を為す悪しきモノを封じることができるのは、女王が任命した古き国の騎士の血と力のみ。だから、探索を職務とする『狼』騎士団の団長であるラウドは率先して、大陸を巡り、悪しきモノを封じている。


 古き国の騎士団は、『狼』と、女王を守る『竜』、そして戦闘を担う『熊』から成る。だが、大陸中を探索するには騎士の人数が足りない。だから、竜騎士団はともかく、熊騎士団に所属する騎士達にも、狼騎士団に所属する騎士と共に大陸を巡り悪しきモノを封じることに協力してもらっている状態だ。熊騎士団の若き副団長であったリディアも、狼騎士団の副団長であるカルと共に城周辺の探索を担っていた。そして、リディアは、カルを助ける為に、悪しきモノに喰われ、……殺された。


 幼馴染みであり、かつては従者であった、今では妻であるアリの華奢な身体を、力を込めて抱き締める。涙を、止めることができない。そうだ。謁見の間で、女王から、リディアのことを聞かされ、遺髪を見せられて、その場に頽れてしまったのだ。


「ラウド様」


 温かいアリの手が、ラウドの髪を優しく撫でてくれる。そのアリの小さな胸の中で、ラウドは際限無く泣き続けた。

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