第12話
「話を逸らすな。どこに発信機取り付けたんだ」
「だから何度も言っているじゃない。愛の力よ」
「お前な、愛の力とやらでそこまで正確な位置が分かるわけないだろ」
「嫌なことね。付き合ってはじめての痴話げんかがこんなことだなんて」
「久しぶりに出たな綾瀬の拡大解釈」
相花との一件後、帰路についた俺は綾瀬のことについて問いただしていた。どうやってあの場所にたどり着いたのかを知らないことには、俺は安心できずに夜しか寝ることができない。
「そもそも、簡易的な発信機であの場所を完全に特定するのは難しいことなのよ。ちょっと建物の位置がズレたり、電波が届かないことだってある。つまり、私の愛はそこらの発信機とは性能が違うの、分かる?」
「発信機の性能なんて知らねえよ。そういうのは使ったことがあるやつのセリフだろ」
「……さあ、どうでしょうね」
「どうせ発信機の反応を追って、なんとなくの場所を把握してから探し回ったんだろ」
「…鞄と靴と制服よ。須藤君の勝ちね」
「嬉しくねえよ…」
家に帰ったら取り外そう。取りあえず目の前の課題は片付いた、はずだ。さっき相花と分かれる際の言葉がまだ俺の頭に駆け回っている。
『綾瀬さんは本気で須藤のことを殺そうとしてる』
そもそも綾瀬と初めて会った時から俺を殺しに来ていた。あの時は包丁を持って無我夢中で殺しに来ていた。本気で殺そうとしているのは間違いないだろう。
だが、相花は相花で綾瀬の殺人衝動に気づいたのならば、それは詳しく聞いておく必要がある。なぜならそれは綾瀬の殺人衝動を解決する一つのきっかけに…。
にぎっ
「須藤君、険しい顔をしているわ。さっきも何か怯えていたみたいだし」
綾瀬に頬をつねられていた、力もほとんど入っていないやさしい握りで。綾瀬の眼は俺のことを心配そうに見つめている。
「あ、ああ。大丈夫。さっきは……」
あれ? なんでさっきの相花と執事を見て怖かったんだろう。何故か、ここから逃げ出したいって思って。
「そういえば、相花さんのことだけれどいいかしら?」
「……ああ、いいぞ」
「…今須藤君が何を考えているか分からないけれど、私が考えていることは打ち明けておくわ」
そういって綾瀬は一呼吸を置く。大事なことを打ち明ける前のように。
「相花さんの家は、おそらく表に出せないようなことを
「表に出せないってどういう…?」
「言葉通りの意味よ。反社会的、もしくは法に引っかかるようなものを取り扱っているとかね」
綾瀬の発言に思考がついていかない。なぜ相花がそういう裏社会のことをしている家だと言えるのか。普通はそんな跳躍した話なんて信じられない。
だが、綾瀬がそういうには何かしらの根拠があるはずだ。何せ、彼女は俺なんかよりもずっと賢い。説を否定するのは話を聞いてからだ。
「まず疑問に思ったのは相花という苗字ね」
「…確かに珍しいとは思うが、あんまり関係ないだろ」
「これは完全に私の主観の話になるけれど、今日本で大手の企業にいる社長、CEO、もしくはそれに準ずる役職に就いている相花という苗字の人はいないのよ」
「……は?」
「私の学校は少し特殊で、そういう情報は逐一集まるのよ。その中でも相花という苗字は聞いたことないし、私も少し調べてみたけれどヒットする情報はなかったわ」
どんな学校だよ、とは思うが綾瀬が嘘をついているとは思えない。だが、これだけであの結論に至るのは説得力に欠ける。
「でも、父親と苗字が違うって可能性もあるだろ。養子とか母親姓だとか考えられることはたくさんある」
「そうね、ただ可能性は低いと思うわ。相花さんはまず母親に捨てられて恨んでいる。絶対ではないけれど父親と同じ姓だと思うわ」
綾瀬は淡々と反論を重ねていく。
「それと養子についてだけれど、あの佐伯という執事は相花さんが生まれたときからそばに仕えていた、と言っていたわ。そうなると別の家からの養子という線は薄くなる」
あの質問にはそんな理由があったのか。あの時点でそこまで頭が回るとは本当に恐ろしい。
「それに、相花さんの行動もおかしいと思ったのよ。私と話しているときも度々時間を確認していたわ。あの執事の言ったことからも、かなり厳格の家のルールだとしたらそう考えを結びつけるのも難しくないわ」
言われてみればそうなのかもと感じてしまうが、やはり現実にそんなことはないだろうと否定してしまう。現実はつまらなくて平凡なもの。
「どう解釈するかは須藤君に任せるわ。もしかしたら相花さんの家の人が須藤君を始末することもあるかもしれないわね」
「なんだか急に物騒な話になったな」
「元からよ。それこそ私と出会った時からね」
「笑えねえよ」
気づけば辺りはすでに夕暮れの明かりに照らされていた。今日も今日とて濃い一日を過ごした気がするが、この先もこんな生活が続くのだろうか。最近は綾瀬の殺人衝動も見えていないが、安心できるような状況ではない。
「ねえ須藤君」
「ん? どうした」
「須藤君はまだ私のことを信用してないかしら」
綾瀬は不意に足を止めて、真剣なまなざしをしている。このタイミングで、この質問をするのは少しズルではないか。
「そうだな。信用はしてない」
「…そう、それが聞ければよかっ」
「ただ」
包み隠さずにありのままの本音を伝える。それが綾瀬の求めるものでなくても言わなくちゃいけない。
「ただ、綾瀬の問題が解決するまでは一緒にいるつもりだ」
「……」
「お前は多分、中途半端に関わってほしくないとか考えてるんだろうが、俺はそんなことは思ってない」
「…私は、ただ須藤君のことを心配しているだけよ」
「なら余計なお世話だな。お前がいなくたって事態は変わらない。逆に手に届く範囲にいたほうが楽ってもんだ」
「…意外と鋭いのね」
「頭を働かせないと明日も生きていけないからな」
おそらく、綾瀬は相花の問題が解決するまで俺と関わらないようにしたかったのだろう。まあそれが分かったのもあの質問からだけどな。
「でも須藤君。一つだけ、一つだけその頭に入れておいてほしいわ」
綾瀬はいつものように一瞬の間を開ける。彼女が言いたいことを言うときは間を開ける癖があるな。
「私、須藤君に対しての殺人衝動は薄まってきたわ。多分、あなたを殺すことはもうないわ」
ヤンデレ殺人鬼は今日も俺を殺せない パーシー @tpurcy
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