第11話
「…綾瀬が俺を殺しに来たっていう根拠はあるのか?」
「へー。あの女子の名前、綾瀬って言うんだ。」
『助けてあげようか? 須藤の力になるよ』
相花は俺と綾瀬の関係に気づいているのだろうか。相花は俺のことが嫌いなのに助けてあげるというのはどういう意味なのか。疑問は絶えないがまずは相花がどこまで知っているのか把握しないといけない。
「相花、嘘で言っているんならこの話は終わりだ。なんで綾瀬が俺を殺そうとしていると思った?」
相花はちらちらとスマホの液晶で時間を確認しながら話す。
「んー。須藤も分かりやすいね。その言葉が全部だと思うけどねー」
相花は指を顎にあてて考える素振りをしている。
「なんていうか須藤の反応が薄かったから、あたしが須藤を殺したいって言った時に。んでなんとなーくそう思っただけ」
「じゃあ助けてあげるってのはどういうことなんだ」
「言葉通りだよー。須藤が他の誰かに殺されるのは嫌だし、なにより私の物語が止まっちゃうからねー」
助ける理由はそういうことらしい。相花が本心で言っているかは分からないが、他に理由が分からない以上彼女の言葉を信じるしかない。
「須藤だって死にたくないでしょ? だからあたしと一緒に綾瀬って人を追い払おうよ」
確かに、綾瀬のことを誰かと解決するだなんて考えてもいなかったが、相花ならその相手になってくれるのだろうか。
「方法はまだ分からないけど、そこは須藤の話を聞いてから考えないとかなぁ」
相花は一度外を見て俺のほうを向き直す。さっきまでの深刻な雰囲気はどこへやら、屈託のない笑顔を身に着けて話しかけてくる。
「じゃあ須藤、一緒について来てほしいところがあるんだけどさ。歩かない?」
「……お前、話がころころ変わりすぎだろ。駅前のカフェ、俺の取材、綾瀬に対しての協力。何一つ話が決まってないのに話題を変えるのはどうしてだ」
「須藤と一緒に居たいからだよ。嘘じゃない」
一呼吸も置かずに即答する相花。もともと用意していたのか、それとも本当に…。
「とりあえず、ここ出ない? お金はあたしが払うからいいよ。どうせ須藤はお金ないんでしょ?」
「決めつけんな。月一くらいで外食いけるほどには金は貯めてる」
さすがに全額は無理なので割り勘だが、支払いを済ませてカフェを出る。もう一回お金がたまったら行ってもいいな。
先ほどまで青かったきれいな空が、今は白い雲に覆われていた。五月は天気が安定しているイメージだが雨でも降られたら困るな、なんてことを考えていた。
だが、そんなのんきに考えて平穏に過ぎていくと思っていた時間は突然終わりを告げる。
カフェの扉を開けて最初に目に入ってきたのは、他校の制服を着ている黒髪の美少女。
「こんにちは須藤君、初めまして相花さん。放課後デートなんてうらやま……、コホン、いい身分ね。殺される覚悟はできているということかしら」
そこには殺意を纏った鋭い目つきの殺人鬼、綾瀬日和が腕を組んで立っていた。
「……須藤って発信機でもつけられてんの?」
「……多分」
正直に言おう。めっちゃ怖かった。いやだってここは家から遠いのに綾瀬がいるとは思わなかった。いたとしても家の中で待ってるくらいだと考えていたが、綾瀬はやはり行動力が異次元にあると思う。
「相花さん、私の須藤君から離れてくれないかしら。あなたも被害を受けることになるわ」
「綾瀬さんこそあたしたちの間に入り込まないでくれない? 今めーっちゃいい雰囲気だったんだから」
「…それ、ほんとう? 須藤君」
「誤解だ。いい雰囲気だったのはカフェの話で俺たちの間柄じゃない」
「…いい雰囲気のカフェに二人で楽しんでいたのねよかったわね許さないわ」
ダメだ。綾瀬の思考がホバリングしている。いつもの明晰な綾瀬でも、宙に浮いたままの意識では上手く事態を理解できていない。
「というか、すごい嫌なタイミングで来るじゃん。綾瀬さんは須藤のことが好きなんだ」
「ええ好きよ。あなたとは比にならないくらいにね。……なるほどね。ちょっとは相花さんも厄介になってきたということね」
綾瀬も相花もバチバチと火花を散らしながら威嚇を続けている。これはあれか、私のために争わないデー、っていう風に叫べばいいのだろうか。ラブコメみたいに。
「好きな人を殺すって頭おかしいね綾瀬さん。そうやって好意を見せてるくせに本当は殺したいだなんて、須藤にちょっと甘えすぎじゃない?」
「耳の痛い話ね。でも自分を偽ってでも傍に居ようとするあなたのほうがよっぽど見苦しいわ相花さん」
「偽ってって何? あなたにあたしの何が分かった気になってるの?」
「分かってはいないわ。私が分かっているのは最後に私が勝つというだけのことよ」
「……意味わかんない」
なんかすごいバチバチなんだけど。俺の口出す隙間が見つからないんだけど。いや余計なことは言わない方がいいんだろうけどさ。ほら、ちょっと周りの目も気になるし……。
「……ちょっとお二人さん? もう少し静かに…」
「「須藤(君)はだまってて」」
ピシャリと指摘されてもう何も言えなません。悲しい。
「というか、そろそろ帰ってくんないかな。今はあたしの時間。綾瀬さんは家に帰ってから時間をつくればいいんじゃない?」
「それをいうなら相花さんは学校でも一緒だったのでしょう? なら私に須藤君を返してもらってもよろしいかしら」
綾瀬は一度言葉を止めて、さらにまた話を続ける。
「それに、何か焦っているようね。さっきもタイミングとか言っていたし、今だって時計を気にしてる素振りをしているわ。一体どんなことを企んでいるのかしら?」
相花はその言葉を聞いて小さく肩を震えさせた。顔こそ不機嫌顔を保っているが体が硬直しているの事実が目に見えて分かる。
「別に、あたしは…」
言葉に詰まる相花を見て、綾瀬は観察の視線を外さない。
どんどん追い込まれていく相花だが、この事態の打開は全く別の人間によって行われた。
「莉愛お嬢様、お迎えに上がりました」
後ろから現れたのは燕尾服をきちんと着こなした白髪の老紳士。それよりも今呼んだ名前って…。
「爺や、今日は見逃してもらえない……?」
「それはなりません。お嬢様を家へ連れ戻すこと、それがいま私に課された仕事なのですから」
今の会話から、おそらく二人はどこかのお嬢様とお迎えにきた執事という関係だろうか。というか相花ってあんな見た目で偉い家の者なのか。
「……すみません相花さんの家の者でしょうか?」
同じく事態を把握した綾瀬が執事に対して確認を取る。ここで臆さずに堂々と話すあたり彼女の胆力も相当なものだ。
「ええ。相花家で執事をしております佐伯と申します。お二人は莉愛様のご学友でいらっしゃいますでしょうか」
一礼をして丁寧な口調であいさつする姿は本物の執事だと思い知らされた。現実に、それも結構近くに執事がいるだなんて思いもしなかった。
「相花家……、聞いたこともないわ」
ボソッと聞こえないような小さな綾瀬のつぶやきはぎりぎり俺の耳にまで届いた。
「佐伯さんは相花さんを長らく世話し続けてきたんですか?」
「…質問の意味が汲み取れかねますが、莉愛様が生まれたときから私はそばに仕えていました」
綾瀬はより一層険しい表情で執事の顔を観察している。俺にも綾瀬が言わんとすることが分からないが、彼女にも何か探りたいことでもあるのだろう。
「莉愛様、そろそろご帰宅の時間です。もう十分余暇をお楽しみになられたでしょう」
「佐伯、あたしは…」
「莉愛様、外ではどんな振る舞いでも咎めはしませんが家では一人称を私、とお使いください」
相花は相当に厳しい家で育ってきたのだろうか。疑問を解決したいならば質問しないといけないというのに、俺の口は固く結ばれている。
何故か、怖い。この執事が怖いわけでもないし、相花が怖いわけでもない。だが、この空気感が、たまらなく怖い。
「……相花さん。お宅の佐伯さんも言っていることだし帰ったらどうかしら。」
「綾瀬さんの言葉に従うのは癪だけど、今はしょうがないね。須藤、また明日ね」
そういった相花は俺の耳元まで近寄って、ただ一言だけ呟いた。
「綾瀬さんは本気で須藤のことを殺そうとしてる」
相花はすぐに後ろに下がり、佐伯さんの後ろにあった黒い車に乗り込んだ。
「では失礼します。須藤様、綾瀬様」
また一礼して相花が乗り込んだ車の運転席のドアを開ける。最後まで執事の威厳を保ちながら行動する佐伯さんに、住んでいる世界の違いを見せつけられた気がした。
「…行ったわね。相花さん、まさかどこかの令嬢だなんて。見た目で人を判断してはいけないものね」
「そうだな、相花のことも気になるっちゃ気になるけど。それよりも綾瀬、どうしてここが分かったんだ?」
「それについては歩きながら話すわ。まずは帰りましょうか須藤君。私たちの愛の巣へ」
***
ある車の中での一幕。
「…莉愛お嬢様、ほんとうによろしかったのですか?」
「……まあ、仕方ないっしょ。まさか綾瀬さんが来るなんて思わなかった」
「私の演技もバレてなければいいのですが…」
「演技の面でバレることはないって。本物の執事だからあたしのことを心配する理由に嘘は見破れないし」
「しかし途中まで作戦が順調でしたら、あの二人を残しておくのは…」
「その点だけどねアレ、全然効いてなかったよ」
「……! まさか、そんなはずは」
「確かに須藤のコーヒーに入れたから、飲んでないことはありえない」
「ではどうして……」
「簡単なことでしょ」
「須藤は昨日、誰かに睡眠薬を飲まされたのよ」
「そんなことできるのはただ一人」
「ということは、多分だけど」
「綾瀬さんは計画的に須藤を殺そうとしたんじゃない」
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