第10話



 もちろん部活の入ってない俺にとって放課後という時間は何も特別な意味を持たない。


 汗水たらす部活動や友達とダラダラ過ごす夕暮れ時も俺は一度だって経験したことがない。



 ただ叶うなら、ただ一度だけ叶うなら……。なんてな。




***




「須藤! 一緒に行こっ!」


 六時限目の終わりを知らせるチャイムが鳴ったところで隣から元気のいい声が聞こえてくる。花の咲くような元気な笑顔付き。


 しかし金髪ギャルから一般陰キャへの誘いの言葉はすぐにクラス全体に広がり、周囲をざわめかせる。


 え、相花さんが須藤君を?

 須藤殺されるんじゃない?

 ぐぬぬうらやましいでやんす~


 わざわざ大きな声で言うことでもないのに何故なのか……。やはりギャルという人種は声を大きく自己主張が激しい特性でもあるのだろうか。


 だがここで一歩引いてしまえば主導権は相花の手に渡る。俺はではないのだよ。


「うん、そうだねっ! 行こっか!」


 こちらも負けじと今年一番のにこやかな笑顔で対応する。”早く”の部分が強調されてしまったのは抑えられない本心が出てしまったのだが、それ以外は爽やかで元気にできた。やればできるじゃん俺。



「えっ、あ、うん。………行こっか」


 あれ? 急に大人しくなった。反応されなくてつらい。スルーが一番心にダメージを負うって知らないのか。いやそれが狙いなのかもしれないけど。



 そうして足早に玄関で靴を履き替えて校舎を出る。相花も後からついて来て二人で校門を抜けて駅の方角へと足を進ませる。


「相花、まだ無視するのか」


「え? あ、いやそんなんじゃないんだけど…」


 こちらをちらちら見てくる相花に何かアクションがあるのかと警戒しているが、ずっと見てくるだけで何もしてこない。てっきり闇討ちとか暗殺されるのかと思ったが杞憂だったか?


「…顔赤いぞ? 熱でもあんのか?」


「い、いやいやいやいや。そんなわけないじゃん! っていうかあたしのことそんなジロジロ見ないでくんない!?」


 どうして事実を言っただけで、そこまで否定されなくてはいけないのか理由を教えてほしい。いや、俺には分かるかもしれない。あれだ、それがギャルって理由だけで片付けられてしまうやつだきっと。


「す、須藤は放課後いつも何やってるわけ?」


「俺は特に何もやってないな。勉強か寝てるくらい」


「須藤って本当に高校生? 幼児が高校生の器に入っただけじゃないの?」


「急に話題振ったくせに全力で否定しに来るなよ…」




 そこから15分歩いたところに目的のカフェがあったようだ。相花がこそこそと店内を確認して安心したように店内に入る。


「ほら、須藤も行くよ」


 手を引っ張られて続けて入らされた店内は一言でいえばオシャレだった。そもそも外食する機会が少ない俺だが、そんな俺でも分かるくらいセンスにあふれていた。



「どうどう? 私も初めてここに見たときはびっくりしたんだから! 静かにアガるよね!」



 静かにアガるは日本語としてあっているのか疑問だが、相花の言いたいことは分かる。


 黒を基調にしたごつごつの壁にいろんな皿が飾ってある。海外のホテルや飲食店でよく見かけるやつだ。床は木材を模したフロアタイルがきっちり敷き詰められている。だが、正直に言うと相花のイメージとは真逆の雰囲気だ。



「なんでお前こんなとこ知ってんだ?」


「お前じゃなくて相花ね。それが偶然ここを通ったときに見つけちゃってさ。マジ運命ってかんじ」


 店員に席に誘導されて俺たちは窓際の黒いソファに座る。壁とはまた違う色で工夫が細かいなと感じる。相花は俺にレシピを見せる間もなく店員を呼ぶ。


「すみませーん。いつものコーヒーとサンドイッチ二つお願いしまーす」


 どうやら常連らしい。行く前は気になってた店とか言ってたのにがっつりリピーターじゃねえか。


 

 俺のツッコミはさておいて、相花は鞄からメモ帳とペンを取り出して俺に向かって話しかける。



「ねね、須藤のこと取材させてもらってもいい?」



 なるほどそれが目的か。相花は確かラノベ作家を目指してるとか言ってたからそういうことなのだろう。だがまあ、俺を取材しても面白いものは何も出てこないわけで。


「いいけどあんまり面白い話は出てこないぞ。普通の一般男子高校生だからな」


「何言ってるかよくわからないけど質問始めるね?」


 人の話を聞けよ。



「須藤はいつ頃母親に捨てられたの?」



 ………いきなりぶっこむなこいつ。



「昨日から疑問だったが、その話を誰から聞いた?」



 俺と相花との面識はない。だがそのことを知っていた様子から、誰かから聞いたのが妥当だろう。しかしまあ、見当はついているけどな。



「須藤も分かってるんじゃない? 須藤の友達の武田から聞いたよ」



 武田……、お前ギャルと話すなんて頑張ったな、ってそうじゃなくて。俺が小学生から顔なじみの人間は高校内では武田しかいない。だが、俺のことに関して口止めはしていない。あいつは人の秘密をおいそれと話すやつじゃないからな。



「へー。あんまり驚かないんだね。友達が裏切ってるのに」


「別に隠していたわけじゃないしな。武田もきっと理由があって話したんだろうさ」




「ちょーっと手を握ってあげたらペラペラ話してくれたよ?」


「あいつ絶対ゆるさねえ」



 何が腹立たしいって俺の情報があいつのいい思いになるのが気に食わん。今日も相花の話が出たとき上の空だったし。



「でも須藤は家族の事情を隠したりしないんだね」


「まあな。というか俺と関わる人間が少ないからな。自然と話す機会も少なくなる」


「あたしには理解できないなー。だって嫌じゃない? 高校生っていう対等な立場だったのに相手から一方的に憐れんでくんの」



 おそらく相花はそういう経験をしたことがあるのだろう。だが彼女の言うことも分かる。人と触れ合いことが多い彼女とほとんど会話もしない俺とでは違う世界なのだろう。


 相花は椅子の背もたれにうなだれて独り言を漏らす。



「須藤のことはやっぱり嫌いだなー。さっきはあれだったけど、須藤とあたしは違うから。そして多分、んだろうね」



 相花の苦悩、今までの過去に何があったのかは分からないがこれだけは言える。彼女は正しく生きようとしているが、正反対の俺が出てきて自分の正しさに疑問を持っているのだろう。自分とは違う、それなのに俺が幸せそうに見えたから。



「相花、俺は…」


「お待たせしました~」


俺が発言しようとしたタイミングで店員が料理を運んでくる。店員がいる前でこんな話をするものではないので、一度出てきた言葉を引っ込めて落ち着くことにする。



「ごゆっくりどうぞ~」


 目の前に置かれたのは三角形に切りそろえられたサンドイッチと、白いカップに入っているブラックのコーヒー。


「ほらほら、時間たつとおいしくないから早く食べよ? 須藤はお砂糖いる?」


 さっきまでの重い空気はどこへやら。出された料理に目を輝かせている相花は先ほどまでとは全くの別人のようだ。


「……砂糖とミルクも頼む。苦いのは苦手なんだ」


「おっけい、取ってくるね。あ、先食べないでよね!」


 

 そういって相花は俺のカップを手に取りキッチン横にあるスペースへと入り込む。おそらく砂糖とミルクがあるのだろう。



「…そういえば綾瀬は家来てないよな?」


 突然思い出したかのように綾瀬の顔が頭に思い浮かんだ。彼女から出会ってからというもの、俺は基本的には家にいたから特に気にしていなかったが、俺のいない部屋で帰りを待っているのだろうか。そうなるとあまり長居できない。


「まあ、家に来て待たせるのは俺の責任じゃないしな……」


 綾瀬が勝手に行動して綾瀬が待つ羽目になる。それは俺のせいじゃない。うん、きっとそうだ。


 軽く現実逃避をしていたら先ほどのスペースから相花が出てきた。


「お待たせー、じゃあ食べよっか!」


 相花は楽しみにしていたお待ちかねのコーヒーにありつけて満足げな様子。


 俺もコーヒーを一口飲む。今までコーヒーのおいしさなんて全く分からなかったが、これは本当においしいと感じた。ただ苦いわけではなく後に引かないさわやかな苦さ、コーヒーは果実だと思わせるようなフレッシュな酸味。それもがいい塩梅でおいしく感じさせる。



「美味いなこれ」


「でっしょー。サンドイッチもマジでおいしいから食べてみてよ」


 自慢気に語る相花は本当に楽しそうだ。本当の目的さえも忘れて無邪気に笑う彼女の姿はどこか綾瀬と通ずるものがある。



「ほらほら須藤、あーん」


 …さすがに楽しみすぎじゃね? さすがにあーんのハンドトゥマウスはまずいだろ。せめてハンドトゥハンドにしないとさ。ほら、ちょっと心臓に悪いじゃん。


 相花は気にしな様子もなく、自らのサンドイッチをちぎって俺の口元へ手を伸ばしてくる。相花自身は特に気にした様子もなくやっているようなので、それはそれで恐ろしい。


「い、いいから。俺は俺のを食べるからいいだろ」


「えー、じゃあ早く食べてよ。感想聞きたいし」


 急かされつつも思い切って大きくサンドイッチを頬張る。柔らかいパンと中に入っているベーコン、レタス、トマト、俗にいうBLTサンドというやつだ。食感や味の違いが如実に分かるがそのどれもがおいしいと感じさせる要素で満たしている。



「なんだこれ、まずいところが見当たらないわ」


「否定する気満々だったの…?」


 そりゃ金髪のギャルの女子が店を紹介してたら、どんなファンキーでバカっぽい店かなーとか思うだろ。こんないい感じの大人なカフェを紹介されるとは思わなかった。



 そうして軽い話を交えながら俺たちは食事を済ます。意外と量はあったので夜はまた調整しないとな。後は帰るだけかと思われたが相花はこんな提案をしてきた。



「須藤、ちょっと寄り道しない? あたしたちまだまだ話し合いが足りないと思うんだけど」


「話し合いが足りないのは分かるが明日でもいいんじゃないか?」


「甘いね須藤。目的を果たしたからってそのまま帰るのはタブーだよ。放課後経験値が足りてないね」



 相花の言い方はすごいむかつくが言っていることは筋は通っている。ただ彼女の場合は俺の身に危険が起こるかもしれないので、できれば遠慮していただきたい。



 だが、続く相花の言葉は俺の予想を大きく外していた。




「あたしが今聞きたいのは一つ、須藤は誰かに殺されそうになってるんじゃない? 例えばプリクラに映っていた女子とかに」


「助けてあげようか? 須藤の力になるよ」

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