第7話
さて、状況を整理しよう。
二日前の土曜日に綾瀬と撮ったプリクラが同じクラスの金髪ギャル
「あ、勘違いしないでね。あたしは物語の中の須藤を殺したいの」
「…あ、あぁー。現実に殺したいわけではなく、俺に模した人間を殺す描写がしたいってだけね。それならいくらでもお好きにどうぞ…」
「いや違うって。現実で須藤を殺さないとうまく描写できないでしょ。何言ってんの?」
「お前な、ミステリー作家が人殺しなわけねえだろうが! フィクションは本だけにしとけよ!」
ただただ相花のラノベのためだけに命を差し出すのはさすがに了承できない。いや、どんな状況であっても俺は死にたくないけどね?
ただ、今回の相花の殺す宣言は綾瀬のソレとは違う。あっちは殺人衝動とかいう理由のない突発的な殺人だが、相花は物語の描写のためと言った。ならば俺を殺さずにその表現を身につけてくれればいいということだ。
「それだったらミステリーでもなんでも読めばいいだろ。何も俺本人を殺すことないだろ」
「えー? 須藤を殺すのが一番手っ取り早いんだけど」
「……お前個人的に俺に恨みでもあんの?」
「もちろんあるし」
「あるんだ」
しかしそうすると相花の言葉は辻褄が合っていない。物語のために殺したいと言っておきながら、個人的な理由でも殺したいとか言ってきている。どっちが本当の理由なのかを見極めないと俺も対処のしようがない。
「お前はただ単に俺を殺したいのか?」
「いやいや普通に殺すわけないじゃん。こうやって腹から真っ二つに…」
「……ごめん言い方が悪かった。物語とかラノベとか関係なく俺を殺したいのか?」
「んー。どっちとも言えないなー。恨んでるから殺したいというのもあるし、物語が面白くなるから殺したいってのもあるし…」
どちらにしても迷惑な話だが、相花にとってはどちらが先というのはないらしい。ならばまずは俺への恨みを解消することから始めないと。
「お前は俺のどこを恨ん」
「あたしの名前はお前じゃないって。莉愛でいいよ」
「相花は俺のどこをそんなに恨んでるんだ?」
女子は名前で呼ばれないと気が済まない病気でもあるのだろうか。いやそれ以前にお前呼びは失礼か。でも家に入ってくる女子はもれなく殺人鬼だし失礼も何もないような…。
「そーだね、やっぱり女子を侍らせてハーレムつくってたり、自分の意見と違うやつは敵とみなして容赦なくボコすところっしょ」
「それ絶対俺じゃないよね? ラノベの中の須藤(仮)の話だよね?」
「ん?」
「え?」
相花は急に目線を外して遠い眼をしている。今言ったことマジなの? 本当だったら今すぐにでも学校に行って俺のハーレムを確認しないといけない。待ってろ俺のハーレム、ってそんなの本当にあるわけもなし。
「話を戻すけど、何でラノベの中の俺と、現実の俺をリンクさせて恨んでるんだよ」
話の流れでなんとなく質問したが、相花は深く考え込み神妙な面持ちで言葉を発する。
「須藤ってさ、今幸せ?」
「宗教勧誘ならお断りだぞ」
「あたしは須藤がいっつも幸せなところが、一番恨んでる」
「……どういうことだ?」
「だから物語の中も須藤は幸せにしているし、そこからの転落が見たいの。須藤には不幸になってもらいたい」
突然真剣な顔をして何を言い出すかと思えば、俺が幸せにしているところを妬んでいるらしい。まあそれくらいの理由がある方が逆に安心する、が。
「妄想膨らましているところ悪いが俺は幸せなんかじゃないぞ。それとそこまで俺に固執する理由は何だ?」
「あたしと同じだから。ううん違うね。あたしと同じなのにあたしより幸せだからだよ」
「…悪いが金髪ギャルと同じところなんてないぞ。俺は陰の者だし、男だし友達もほとんどいない寂れた男子こうこうせ」
「同じだよ。須藤も母親に捨てられたんでしょ?」
なるほど。確かにそれは理由になるな。
「納得いった? これ以上あたしから言うことない」
そういって立ち上がった相花は満足げな顔をしていた。おそらく、今の一言を言うのが目的だったのだろう。
「じゃあね須藤。殺されたくなかったら、あんまり幸せにならないでね」
置き土産のセリフはおそらく相花の心の中を再現していたのだろう。冷たく、孤独で、嫉妬し、怯えていた。
***
「……そういえばあのプリクラ、返してもらってないな」
相花はずっと俺を殺したかったと言っていた。しかし今になって行動に出たのはおそらくあのプリクラが原因なのだろう。自分と同じ辛い境遇の人間が恋に現を抜かしていたら、それは確かに殺したくなるかもしれないな。
デジタルの時計の表示はすでに11:20が刻まれていた。相花が出てってからしばらく経ったが学校に行く気はすでに消失していた。今学校に行っても相花がいるかもしれないと思うと足はますます重くなる。
「さてと、昼飯買いに行かなきゃな」
今日も生きるためにご飯を食べなければいけない。いつまでも落ち込むわけにもいかないので、まずは外に出ようと扉に手をかけたその時。
コンコンッ
「須藤君、生きているかしら?」
俺に扉前恐怖症を植え付けた張本人が立っていた。
「…綾瀬、もしかしてずっと監視してたのか?」
「そんなわけないじゃない。話もしたいから中に入らせてもらえないかしら」
月曜日のこんな時間に家を訪ねてくるのは疑問しかないが、扉越しに会話しても近所迷惑なので仕方なく家に招き入れる。
「そういえばなんか久しぶりな気がするな。出会って四日、間がだいたい二日しか経ってないのに」
「そうね、それこそ地球が二回転するほどだから、膨大なエネルギーが私たちを阻んでいたのかもしれないわね」
「ちょっと見ない間にバカになったか?」
「ええ、須藤君の成分が足りていないわ。いま論理的思考が復旧しているところだから待ってて」
やはりバカになっていたか。日本はこれからの将来を担う大事な人材を一人失ったようだ。
「さていきなりだけれど、さっきの無駄に目立つ髪色の、無駄に大きい胸を見せびらかした、無駄に私の須藤君を誘惑しようとした、無駄なあの雌猫はいったい誰なのかしら」
言い寄ってくる綾瀬はそれはもう比喩なしで人を殺しそうなほどの圧を放ってくる。さっきは監視していないとか言っておきながらしっかり見ていたようだ。
「あいつは同じクラスの、……なんだっけ」
「相花莉愛ね」
「そうそう相花、ってなんで知ってんの…」
「盗聴なんてしてないわ。私の綺麗な良心に誓って」
「それ自白に近いよね…」
あとで盗聴器発見器を買わないといけなくなった。
「知ってんなら俺に聞かなくても分かるだろ」
「須藤君が誤魔化すかどうかを知りたかったのよ」
「浮気調査かよ…」
盗聴してるならなおさら浮気じゃないことは分かるだろ。ただ今はそんな事よりも気になることがある。
「盗聴してんなら分かっただろ? 相花は俺を殺したいらしい。俺が幸せそうにしているのが恨んでいるんだと」
「ええ、不愉快な話ね。なんで須藤君は私のご飯を食べてくれないのかしら」
「…綾瀬、とうとう幻覚が見えだしたか。やっぱり病院行った方がいいって。いい精神科知ってるから」
俺の話を聞かないであくまで自分の言いたいことをまず言いたい様子。綾瀬の料理なんて土曜日の朝以外に目にしたことはない。
椅子に腰かけていた綾瀬はおもむろに立ち上がり、冷蔵庫の前で立ち止まる。
「ほら見なさい。これは私が日曜の朝からつくってきた料理だわ」
そういうと冷蔵庫の扉を静かに開ける。その中には皿に盛られた数々の料理が小さな箱の中を埋め尽くしていた。
綾瀬の言う通りなら昨日の朝から料理は入っていたことになる。ちなみに日曜日はずっとコンビニ弁当の三食だったので、冷蔵庫は一回も見ていない。
「……」
「土曜日にデートして舞い上がっていた私は考えたわ。近づきすぎたから良くなかったのだと。日曜日は裏方としての恋人に努めようと隙をみて須藤君の家に料理を置いてきたわ」
「……」
「なのに須藤君は買ってきたコンビニ弁当をそのまま食べるだけ。私の努力はうたかたの夢と化したわ」
「…一つ言っていいか?」
「プロポーズならもっとムードが高まった時のほうがいいわね」
「綾瀬、さては相花のことは気にしてないだろ。それよりも俺の飯事情に口出しするのはどうしてなんだ。もしかしてお前、相花のことをころ」
「心外だわ」
綾瀬の口からとことん呆れたといった声が漏れていた。てっきり相花を亡き者にしたのかと思ったが見当違いだったのか。
「私があんな一般人を殺すわけないじゃない。私が殺すのは須藤君ただ一人よ」
綾瀬の中では教科書を読み上げるかのような事実の確認。だけど俺には何故か言いようのない安心感を確かに感じた。というか俺の知り合いが俺の知り合いを殺してなくてホッとしたっていうのが正しいか。
「じゃあなんでそこまで相花を気にかけてないんだ? 言っちゃなんだがあいつも俺を殺そうとしてんだぞ」
「簡単なことよ。相花さんは本気で須藤君を殺したいなんて思ってない。むしろ…」
「むしろ?」
「…いえ、これは憶測の域を出ないから言えないわ。ただ、相花さんが須藤君を殺すことはないわ。だから彼女がどんな虚勢を張っても、彼女が須藤君を恨んでいるなんて言っている限り、私の障害にはならないわ」
自信ありげにきっぱりと言い切る綾瀬。彼女が相花のことをどこまで理解したのかは分からない。相花が俺のことを殺したいと言ってくることは納得は出来ないが、そこにはちゃんとした理由があるので理解はできる。
「相花は確かに俺を恨んでいた。なのになんで殺す気はないと言い切れるんだ?」
綾瀬がそう帰結した理由を知りたい。相花と実際に話した俺には見えていなくて実際にあっていないのに綾瀬には見えているもの。それが何なのか知りたい。
「それは、……それはいつか言うわ。今の須藤君に言っても納得も理解もできない。だから、私はゆっくり時間をかけていくわ」
そう言った綾瀬の顔は土曜日のゲーセンでの去り際と一緒の顔をしていた。
『須藤君は本質的に人を嫌うことができない』
綾瀬は俺に何を言いたい。何を伝えたいんだ。分からない。
だって俺は俺を捨てた母親をこの上なく憎んでいるのだから。
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