第6話



 月曜日、世間では一週間の仕事始め、学校初めの曜日であり憂鬱な日として世間に疎まれている。そして例に漏れず俺も月曜日は一週間で一番嫌悪している。


 綾瀬とのお出かけは二日前の土曜日だが、それから彼女との連絡はない。ゲームセンターで解散してから俺は昼飯をコンビニで買って一人で食べていたが、少し物悲しい気分になったのはあいつのせいだろう。


「まあ、そう簡単には離れないと思うけどな…」


 またひょっこり現れるかもしれない殺人鬼のことを考えるとそろそろ警戒しないといけない。だがそれ以上に心に引っかかっていることがある。


『須藤君は本質的に人を嫌うことができない』


 綾瀬が言った言葉はどう意味なのだろうか。俺にもはっきりと嫌いな人間はいる。数学の教師はウザいし、アパート内の隣の部屋の住人はギターで毎晩騒音を奏でてくる。なにより憎んでいるのはこの俺を生んだ…。


「あ、もうこんな時間か。また遅刻しちまう」


 時計を見ると液晶にはすでに8時20分を刻んでいた。歩いて通える距離とはいえ、この時間は少しまずい。


 急いで制服に着替えて鞄を手に取り玄関までダッシュする。もうこの神業的な身支度には慣れたものだ。



 そう言えば、金曜日もこんな感じで急いでいたな。



 ガチャ


「おっ?」



 扉を開けるとそこには金髪のギャルが立っていた。



 ガチャ

 

 何故か反射で扉を再び閉めた。


「……」



「ちょっとーー。あたしここでずっと待ってたんだけどーー」


 ドンドンドンと扉をノックしてくる正体不明のギャル。いや、一瞬見えた彼女の姿は俺と一緒の学校の制服だ。何の用だろうか、殺人だろうか。これまでの統計によると、扉前にいた女子高校生は100%の確率で殺人鬼だから、帰納的に彼女も殺人鬼ということになる。



「え、えーと包丁とか持ってないですよね…? もしくは人を殺せそうなドスとか」


「はぁ? 変なこと言ってないで開けてよーー。ワンチャン入れてくんない?」



 ダメだ、今の俺は扉前恐怖症なんだ…。対した理由もなければ扉をおいそれと開けることなんて…。



「土曜日にゲーセン行ってたっしょ? あんたらのプリクラ拾ったんだけど」


 ガチャ


「話を聞こうかさあ入って」


「お、話わかるじゃん。おっじゃまー」



 扉を颯爽と開けてご入場を促す。今からこのギャルは国防に関わる重要な人物だ。丁寧に扱わなければ国の存亡にかかわる。



「須藤って一人暮らしなんだ、ウケる」


 金髪のギャルは入ってきた玄関に上がる。見た目は花の派手な色合いの髪留めに、腕には数珠みたいなブレスレットを着けている。だというのに。制服は少しはだけさせていて、スカートはめちゃくちゃ丈詰めしている。だというのにだ。


 この金髪のギャル、玄関を入ってきた。しかもその所作は丁寧で毅然としていた。


 正直この行動が印象に残りすぎて金髪ギャルの言っていることは頭に入ってきてないが、おそらくウケるとかまんじとか言ってるんだろう。



「机ないのに椅子はあるんだ。どうやって生活してんの? ウケる」


 そう言いながら畳の上に腰を下ろす。正座をしてだ。俺は生まれてから正座なんてしたことないが、この金髪ギャルはさも当然のように正座をしている。何者なんだこのギャル。いやそれよりも今はプリクラの話だ。



「…別にいいだろ。それよりプリクラ拾ったって、マジか?」


「マジマジー。須藤って恋人いるんだねー。そういうのいないタイプだと思ってた」


「あれは恋人じゃない。なんていうか…、その、加害者と被害者みたいな関係?」


 抽象的に説明したつもりだが金髪ギャルはなぜか引いた目でこちらを見ている。


「え、須藤って女の子をお金で買うタイプなの…。あたしでもさすがにそれは…」


「ごめん全く違うし、逆だね逆。こっちが被害者であっちが加害者っているか…」


 改めて思うと綾瀬との関係はなんて形容すればいいのだろうか。簡単に殺人鬼と被害者ですなんて言いえないし…。今度会った時に話し合ってみるか。



「須藤が被害者? じゃあなんか埋め合わせとかそんな感じー?」


「ま、まあそんな感じだ」


 というか金髪ギャルの目的が見えてこない。今のところただただ俺の話を聞いているだけだ。からかって遊ぶ暇人なのか、金で揺さぶる悪人なのか、学校に広めて社会的に殺す極悪人なのか判別がつかない。


「で、それを返してくれるのか? いくらだ、いくらほしい。」


「いやいやーお金じゃないって。第一こんな窮屈そうなところで暮らしてるんだからお金なんてないっしょ?」


 ピンポイントで弱点を突くな。でも現金でないというのならどこの臓器を売らせるつもりなのか。


「んーとね。須藤って前々から学校では有名なんだよね。自分では気づいてないっしょ?」


「…俺が、有名? バカ言うな、俺が有名だったら周りの生徒はハリウッドスターだぞ」


「須藤ってスマホもってないし、友達いないし、部活動にも委員会にも入ってないし、よく学校には遅刻するし、行事の日は絶対失踪するじゃん? ある意味有名人っしょ」


 俺の社会性の欠如がそこまで有名だったとは。なんか悲しい。


「そのくせテストでは学年一位だし、それなのに顔は平凡そのものとか話題性の宝庫だし」


「え、俺学年一位なの? あと顔は気にするな」


「…職員室の張り紙見てない? 須藤ってとことん変人だね」


 うわ、職員室とか絶対通らないようにしてるから知らなかったわ。あれ、俺何かやっちゃいました? の主人公かよ。いや、俺は異世界転生よりもラブコメが好きな人間でして…。


「ん? そんで俺の家まで張り付いていた理由は何なんだよ」


「分かんない? あたしは須藤に興味があんの。学年一位の須藤がどんな人間なのか気になるし、須藤の恋人がどんな人間なのか知りたい」


 興味があるってだけで家に張り付くとか行動力の怪物だろ。俺には絶対理解できない。


「…なんでそんなに知りたいだ?」


 ふと思ったことを口に出す。ここまでするからにはそれなりの理由があるはずだ。ただ興味だけでここまで来たのなら追い返すほかないが、ギャルにはギャルの目的があるのだろう。



「よく聞いてくれた! あたしね、になりたいんよ! だから物語がありそうな須藤に恋人ができたとなったらそれはもう面白そうじゃん!」



 唖然。


 え、ラノベ作家になりたい? 今ならこの世で見た目と発言が全くあってないランキング一位狙えるんじゃないか? いや、別に否定するつもりはないけど…。



「…いや、ちょっと待て。ラノベ作家になりたいというのと、俺の物語云々は関係なくない? ほら、現実とラノベは違うからね?」


「分かってるって、。でもラノベよりも面白そうな人間がここにいるんだよ? そんなの興味持たない方がおかしいって!」


 言っていることは分かるのだがなぜか納得できない。ギャルの恰好とラノベという単語のミスマッチが俺の思考を邪魔してくるのだろうか。いや、そんな単純なことじゃない気がする。



「そういえばお前、名前なんていうんだ?」


 全く気にしていなかったが名前を聞いてなかった。相手は一方的に俺のことを知っていたが、なぜ知っているのかも分からない。このギャル、



「…え、一緒のクラスじゃん。覚えてない?」


 すみません俺が悪かったです。クラスメイトの名前なんてほとんど覚えてません。


「え、あ、ほら今五月だし、新しいクラスになってまだ覚えてないんだよ」


「…去年も一緒のクラスだったよ? 覚えてないよね」


 ごめんなさい本格的に俺が悪者です。去年のクラスメイトの名前なんて覚える努力してませんでした。



「はぁ、まいっか。この際ちゃんと自己紹介すれば覚えてくれるだろうから」


 深くため息をついて肩を落とす金髪ギャル。ちゃんと自己紹介してくれるあたり人柄の良さが出てる。



「あたしは相花あいはな莉愛りあ。須藤のことがずーっと……」


 何故か途中で言葉を止めて固まる金髪ギャル。俺の名前を出してたけどなんかあんのか? 好きなのか?






「ずっとずっとずっと殺したいと思ってた!」



 …俺の周りやべーやつしかいねえな。

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