第4話



 芋の煮えたも御存じないということわざを知っているだろうか。


 簡単に言えば世間知らずや、楽な環境で甘く育った人間をからかったりするときに使うことわざだ。


 そして、黒髪美少女の綾瀬日和にとっては恋愛など海千山千の百戦錬磨の超人だと思っていたが、どうやらそうではないようで。



「……」


「……」


 今はショッピングモールのファッション街という、洋服やバッグなどを専門に販売している通りを歩いている。先ほどはデートの続きと言っていたものの、お互い会話がなくただただ散歩しているだけの時間を過ごしていた。


「……?」


「……!」


 綾瀬はちらちら俺の方を見ながら口をもごもごさせたり、顔を赤くしたり、俺が彼女に目をやると慌てて目線を外してくる。なにこれかわいい。



「…まずは目的を決めないか? このまま歩いていてもしょうがないし」


「そ、そうね。目的を決めましょうか…。 私は別に…、このままでも…」


 最後に何か言ったような気がするが、周りの騒音で彼女のか弱い声はかき消される。


「料理の食材を買いに来たんだっけか。先に買ってくるか?」


「料理を作るかどうかは決めていないわ。外食にしてもいいわけだし。ただ材料を買うなら帰るときにしましょう。荷物を持ってここを回るのは大変よ」


「それもそうだな…。綾瀬は行きたい場所はあるか?」


 無計画にここまで来たから目当ての店も欲しいものも特に考えてこなかったからな。ここは綾瀬の自由にしてもらおう。


「そういえば、前から興味があったのだけれど、という場所に行ってみたいわ」


「ゲーセン? この辺りにあるのか?」


「ここの地下にあるわ。音はうるさいし誰がいるかもわからないから一人じゃいけないのよ。前から興味はあったのだけれど…」


 ゲーセンなんて言葉が綾瀬から出てくるとは思わなかったが、俺もゲーセンは嫌いじゃないので行ってみるとしよう。だが、彼女が来ているザ・清楚なワンピース姿でゲーセンに行くというのも彼女らしい。


「一つ言っておくがそんなに居心地がいい場所ではないぞ。あと、さっきみたいに揉め事は起こすな。刃傷沙汰だけはやめろよ」


「ええ、誓うわ。生涯須藤君と幸せな家庭を築くことを」


「大丈夫かな…、心配になってきた」


「そうね、挙式に新居とお金はかかるけれど私たちなら大した問題ではないわ」


「思い出したようにボケるのは止めてくれ…」




***




 地下二階に移動してゲームセンターの自動ドアの前で立ち止まった。その黒髪美少女は両耳に手を当てて怪訝な表情で目を細めている。不満を表すポーズだというのにこんなにも絵になるのは美少女の特権なのだろう。


「…なんで音がここまで漏れ出しているのかしら」


「ゲーセンだからな」


「人の声や自然音なら分かるけれど、この騒音のほとんどは機械から出てるのよね」


「ゲーセンだからな」


「…須藤君、ちょっと反応雑じゃない?」


「…ゲーセンだからな」


 ゲーセンをどんな期待をしていたか分からないが、所詮はゲーム機械の集まりだ。そこに興奮したり熱狂する人もいるが一般人からみたらこんなものだろう。


「どうする? 嫌なら別の場所でも…」


「ここまで来たなら入るしかないじゃない。須藤君の声が聞こえなくなるのは嫌だけれど耳を塞いで入るわ」


 綾瀬はそう言うと完全に手で耳を塞いで防御の構えを取る。なぜか目もギュッとつむって小さくなっている。その姿を見てかすかに庇護欲が掻き立てられるが、彼女の本性は獣のソレなので頭から振り払う。


「ほら、目は開けとけ。別にお化け屋敷とかジェットコースターじゃないんだから」


「その二つよりもはるかに恐ろしいわ。その二つなんてただの茶番と動く機械よ。それに比べてこの暴力的なまでのそうお…、ひゃっ」


 綾瀬の背中を押して入場へと促す。なんか艶かしい声が聞こえたが無視だ無視。心頭滅却すれば火もまた涼し。


 トコトコと足を前には出しているが、俺の手にかかる柔らかな抵抗はだんだんと増してきている。おいそこ、パワハラとかセクハラとか言うなよ。


「だいぶ強引なのね。いいわ、私は強引な須藤君も嫌いじゃないわよ」


「強引に殺しに来たのはどこのどいつだよ」


 軽口をたたいているが入口に進むにつれて体が後ろ側に倒れているので相当無理している。


「ほら、行くぞ」



 ガラスの自動ドアが左右に分かれる。鮮やかな筐体の光が目を刺激するが、それよりも耳をつんざく電子音はその比ではない。


「…久しぶりに来たけどヤバイな」


 今日は休日ということもあって多くの人で賑わってた。このゲーセンには始めてきたが、綾瀬が来るとなるともっと小さな場所が良かったか。


「…ここがげーむせんたー、すごいわね。目にも耳にも情報量が多すぎるわ」


 意外と持ちこたえている綾瀬を見てふと気になった疑問を聞いてみる。


「そういえば、なんでゲーセンなんだ? やりたいこととかあるのか?」


「一つは知的好奇心ね。学校でもたまに話は聞くし、どういうところなのかは知りたかったのよ」


 ゲーセンに知的好奇心を持つのは綾瀬だけだと思うが、話してる感じ頭よさそうだから彼女の見ている世界は俺とはまた違うのだろう。


「もう一つはやりたいことね。それはまた後で言うわ」


 ゲーセンでやりたいこといえばクレーンゲームとか太〇の達人くらいしか思いつかないが、綾瀬が興味を持つものがここにあるとは思えない。


「ここら辺を少し回っていきましょう。須藤君も何かやりたいことがあったら一緒にやりましょうね」


 それから三十分ほどゲーセンの中を歩き回った。マリ〇カートやらゾンビ倒すやつやらを満喫していたが、綾瀬はどのゲームでも吸収が早く、二ゲームもやれば俺を楽々と超えてくる。ゲームの才能、うらやましい。


「お前ゲームの才能あったのか」


「お前じゃなくて名前で呼んで。あとこれは才能ではないわ。ただのセンスよ」


「センス? どう違うんだ?」


「才能は生まれ持った能力、センスは判断や感覚のことを指すことが多いわ。私の場合はセンスのほうが正しいわ」


 才能とセンスは違うものらしい。綾瀬と話してて思うが俺なんかよりも何倍も頭よさそうだよな。言葉遣いやら細かな知識などが段違いだとよく感じる。


 会話をしながら歩いていたが不意に隣の綾瀬が足を止める。



「あった。…須藤君、もしよければ一緒にやってくれないかしら」


 綾瀬は目当ての場所を見つけたらしく、指をさして遠慮がちに俺に伝えてくる。その場所の天井にはの文字。これが示す場所はただ一つ。


 インスタント写真に様々な加工をしてそれをシールとしてプリントする機械。



「…綾瀬、プリクラ撮りたいのか?」


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