第24話 ━泥濘み━
(おいおい、待て、嘘だろ。)
いきなり現れたのか。それとも僕らが気づかなかっただけか——
悪夢は止まらない
近くにある融解されて、どろどろに歪んでいた家をそいつが引きちぎるのを僕らは目の当たりにした。
家の屋根だったものを鷲掴む「奴」の目が怪しげに光る。途端に腕を振りかざし雷鳴のように引き裂く轟音が。何度も何度も。
巨体の三本足が液状化したアスファルトに埋かりつつ、ゆっくりと荒れ狂う姿が焼き付く。その威力はこの住宅地を破壊するのに十分だった。
(これが建物を引き千切る音。)
耳を塞いでも聞こえてくる。忘れられないだろう。
この世の終わりのように思えた。
僕は今朽ち果てた世界に立っている。
時が止まり、人も空も動かない。
空間は歪み、変わり果てた情景へ……
挙句、恐ろしいマシンが、ただ窮するばかりの僕らの前に現れて、静けさを蝕むように、淡々と住居を破壊し続けている。奴にとっては粘土遊びや砂遊びと同じ類なのだろうか、千切ったり叩きつけたり、さぞ楽しそうに住居の成れの果てをいじくり倒している。
いつ我々が餌食になってもおかしくない。経緯も分からぬまま、想像もしたことが無い凄惨さに、生きた心地はとうにどこかへ流されていった。
世界がカオスで塗り潰されていく。これがディストピアか。
延々と滲み続け、変わり行く世界を見ていた。ただ息を呑み、立ち尽くしていた。何故僕らだけ動けているのか。
——今この瞬間に他の人間も動き始めてしまったら……
僕と同じく何もすることができない反応から察するに、彼女もあの化け物の得体は知らないようだ。
例えば、今世界に僕一人だけだとしたら、押し付けられたこの世界の現状を抱えきれずに、ただ狼狽えて終わりだろう。何もすることもなく。
何故僕だけ動けているのか——と、本当に生き地獄になってしまう。
……だけれど、今ここにいるのは僕一人ではない。
ただそこで起きもしないことに期待しても、何も変わらない。
例外的に動ける僕たちにしか変えられない。
因果は不確定だが、トリアンドルスが光線を当て、物体の性質が滅茶苦茶に乱れた後にあの怪物が現れ、周りの住居を夢中で壊し続けている——
それらの事象は、偶然立て続けに起きたエラーによる暴走とは考えにくい。単にそう片付けるには綺麗すぎる筋が通っている。
この流れに沿って起こった不可解な出来事は異星人の何者かによる計画的なものだろう。
僕はニオたちの地球調査の裏側で何か壮大な計画が存在しているようにしか思えなかった。
今、何をすべきか……
掻き乱された脳内を急いで整理する。
……
ハッ、と忘れていたあの三人の顔が唐突に脳裏を過ぎる。
(彼女たちは無事なのか!?)
大事な忘れ物に気づいた時のように僕の胸の奥がじわりと熱くなり、焦燥感に追い詰められる。
「三人の様子を見てくる、ここで待ってて。」
脳内が散らかったまま、焦りながら端末をポケットにしまいつつ、
「あ、まだ通話してた方がいい?」
「うん、私も様子を見たいから……でも、無理しないでね」
再び端末を起動、同じようにビデオ通話を繋げる。
ひきつっていたニオの顔がじんわりと解れていくような気がした。ひどく汚れてしまった靴と靴下を脱ぎ捨て、裾を捲り、僕は安否確認をするため彼女らのもとへ向かう。
ずぶり、ずぶり、と。
足下の悲惨さと気味の悪い景色。出鱈目な道がどこまでも。酷く変わってしまった世界を一人で進む僕。常に頭を揺さぶられているような、いやーな感覚だ。
下を向きながら進む度に心の中でネガティブな感情が芽生えては消えていく。今のニオには見せたくなかった。
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