第20話 ━冷静━

僕は調べた内容をノーザたちにもできるだけわかるよう噛み砕いて説明した。そんなつもりだ。

ビデオ通話をしながら横断歩道について教えた後、足任せな彼女らから視界に入る何もかもを尋ねられた。光景を共有しながら信号、ミラー、ガードレール、落とし物、犬、車両、歩道橋、踏切から線路を歩いたり、駅、ホームセンターなどなど、各所に立ち寄って見かけた身近なもの、建造物に加え仕組みやその設置理由など片っ端から事細かく検索し説明してあげた。それが僕の役割だった——

 

言い合いながら、はしゃぎながら、さぞ楽しいのだろう。画面越しでも有り余るほどに伝わる。


全てのものが新しく、発見である。藹藹と地球を観光している四人を見ていると僕も嬉しくなってくる。今までの僕と違った視点で見るこの「世界」を共有されて全く違うものに感じていく。この時間がすごく新鮮だった。

 

勿論、一から何もかもを教えるのは破茶滅茶に疲れるのだけれど。

 

さて、気移りしすぎたまま、彼女たちはいつの間にか僕の土地勘が通用する範囲内でも遠いところまで来ていた。

「そんなところまで来て、もと居たところに帰れるのか?」

幼気な姿を見て画面越しの僕はさながらに子供たちを見守る親のような気分だ。

「帰れるよ!ね?」

公園の並木道で、浮かれ調子なニオの振り向いた笑顔が画面の真ん中に映し出される。その顔が近づきながらだんだんと雲行きが悪くなるのが見えた。


(——?)


「どうかしたのか?」

 

「ねぇ?ねぇってばぁ!」

ニオが画面を揺さぶる。僕は嫌な予感がした。

 

「……どうしよう、三人とも動かないの。」

震えた声で呟く。

(——え。)

 

「おーい!……どうしたんだ!?」

僕も何度かそちらに呼びかけたが、たしかに返答がない。今まで話していたあの声が聞こえない。

「なんで!ねぇなんでなの!」

(まずいな)

 

「とりあえず周りを、他の人たちを探して、動けているか様子を確認して——」

緊急事態だ。災害時でもとにかく焦り過ぎは良くない。冷静かつ早急に、これが鉄則だ。まずは他の人の状況を見てみよう。

ニオが震えながらロロニの持つ端末を取り上げ、画面のアングルが急変。慌てるように走り出して確認しに行く。

「落ち着いて、大丈夫だから。」

泣き出しそうなニオの顔が映っている。

 

「あぁ、止まってる……なんで。」

そう言うとニオはパニックになり、息を荒くしてその場にパタリと倒れ込んでしまった。

「落ち着いて、大丈夫だから、深呼吸して。」

返事がない。画面も傾いて止まったままだ。

(だめだ、聞こえていない!)

ニオの橙色の肌がたちまち青緑色へと変化していく——。

 

「今からそっちへ向かう!」

急迫な事態に僕は席を立ちあがり、勢いのまま喫茶店のドアを押し開けた。通話をしたままニオのいるはずの町外れの神社まで無我夢中で向かった。

「大丈夫、そこで待ってて。」

激しく動いているせいでうまく伝わっているかはわからないが、僕は端末を片手に情緒が乱れた彼女に対し何度も落ち着くよう促し、安心させようとした。

 

道行く途中、あれほど警戒していた異星人達が地球人と同様、不自然に止まっているのが数人、僕の視界に入る。

(本当だ、皆動いていない。どういうことだ、誤動作か?動きが止めて調査するのは地球にいた生命体だけのはずじゃないのか!?)

「もうすぐ着くから!大丈夫だから!ね?」

 

(よし、ここだ)


僕は画面で見た通りのルートで一心不乱に走り抜け、息を切らし、ニオのところまで辿り着いた。この手前で道標のように固まっていたロロニ、ノーザ、ビストは勿論、ここまでの道沿いで動いている人間は僕とニオ以外は誰一人いなかった——気がする。

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