第19話 ━調査━
こっちへ向くとこっちへ、あっちを向くとあっちへ——と、端末を向けた方向へと非の打ち所のない精度でカメラが連動し、映された景色が変わる。
僕の持つ端末からまるで向こう側へと完全に空間が繋がったかの様に超高画質、超高音質で覗くことができた。
(こんなすごいものを未来のひみつな道具みたいに見せたり、貸したり、使わせたりしていいのだろうか?)
外へ出てすぐノーザが立ち止まり、早速画面越しの僕に尋ねる。
「これは一体何でしょう?」
「あー、来るとき気になってたやつ?あちこちにあったもんな。」
皆の見慣れない足元が画面に映り込む。出てすぐの道、アスファルトの映像、ありきたりな白い縞模様、それは横断歩道だ。
「えー。横断歩道って言って、歩行者が向かいへ行くために通るところだと道路の利用者に示しているんだ。」
と、僕は窓越しに眺めながら店内から説明した。
(出てすぐの横断歩道にまでつっこむのか、ニオに学校を教えていたときよりも断然細かい。異星人は着眼点もそれぞれだな。)
(まずいな。地球ツアーの幕開けだ。このままのペースで全員から街並みについて気になる部分を訊かれたら僕は教え疲れてしまうのではないか?)
「それってなんでこの示し方に決定したのですか?」
(あー?)
生まれたときから道に付着していたお馴染みの模様である。今更不思議に思うことは無いし、ありふれていてそんなことは気に留めていない。僕はこの星で生活していて横断歩道という概念の知識があって、その存在が違和感なく溶け込んでおり、聞き質されるとは思わなかった。使い方を知っていれば由来なんて知らなくても、ありがたみを感じずとも生きていけていたし、現にボーッと生きていた。
これはこういうものだと勝手に納得している世界の一部って多いんだろうな。
「ちょっと待ってて、調べるわ。」
ノーザ達の調査課題が懸かっている。勝手な創作話や的外れなことは言えない。
僕は横断歩道の発祥と成り立ちについて調べようと、私物のスマホを取り出す。
(あれ? そういえば、今ネットに繋がるのかな?)
(校舎の旗も車も止まってたよな……)
……
危ない、問題なく繋がった。ほぼ全ての物体の時間が止まっているみたいなことをノーザが言っていたので繋がらなかったらどうしようと焦ったまま考えを深く掘り進めるところだった。
(……あぁそうか、授業の一環として止めているのだから、意味を考察できるようにスマホもドアも蛇口も、ある程度物体を動かすことに関しては融通が利く……のかもしれない。分からんけど。)
端末と僕のスマホをテーブルに並べ、手始めに検索バーに「横断歩道」と入力。先の説明が正しいのか、補足するべきことはないだろうかと確かめたかった。検索結果は——
【横断歩道(おうだんほどう)とは、歩行者が道路を安全に横断するために、道路上に示された区域のことである】と出た。
(なるほど。)
続いて「横断歩道 歴史」と検索。
「えーっとね、今調べてるんだけれど……」
「お?」
「日本での横断歩道の始まりは一九二○年(大正九年)にまで遡る」
(むしろそれ以前には存在自体ないのか。)
「東京の錦糸町で路面電車を横切るために設けられた。この横断歩道は当時は「電車路線横断線」と呼ばれ石灰粉で書かれていた。」
「???つまりどういうこと?」
「……まず日本って言うのはここ、僕らが今いる国のことで——」
「国って何?」
(嘘だろ……)
……
「で、一九六○年(昭和三十五年)に横断歩道表示が法律化され、このときはゼブラ模様が交互に配置されたデザインであり、わずか五年後には、単純なはしご型の模様に変更され、一九九二年(平成四年)より、はしご型のゼブラ模様から両端の側線がなくなった国際的なデザインが主流になっていく。これによりタイヤの通過によって消えやすい箇所の補修の手間が省けるのと、雨水が溜まることを防ぐことができる。だってさ。」
「へー。」
「こいつにもそんな歴史があって今の形になっているんだな。」
「はしごの形なら腑に落ちる気がしないでもないね。ここは移動できるっていう目印として」
「……地球人、納得。」
(まさか人生でこんな横断歩道の知識を得る日が来るとは。)
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