第14話 ━紹介━

「よし!じゃあそろそろここらで、自己紹介しますか!何を言うべきかな……とりあえずみんなの種界名と名前を——」

 

(ぎゃああああああ!)

 

忌まわしき「自己紹介」という単語に反応を示し、僕は心の中で悲鳴をあげていた。

はっきり言って昔から自己紹介なんてものは好きではない。毎年とにかく億劫だった。人前で気恥ずかしくなりながら自分を紹介し、自分のことなんて興味は無いという相手にまで自分はこんな人間なんだと言い張って情報を押し付けているようで申し訳なくなる。言葉だけでの紹介なんて表面上しかわからないし、他人の勝手な物差しで評価されたくないという気持ちにもなる。それらが相まって厭わしいのだ。

 

(——要するに自分のことが嫌いになってほしく無いからだろ……怖がりさんめ)


素直なもう一人の僕は正当化する僕を攻撃するように、その言い換えがさも真実かのように感じたことを直接なすりつけてきた。だから自分が嫌いだ。

 

テーブルに再び緊張感が走る。それは僕だけかもしれないけれど。

 

(ひっひっふぅー、頼むからすぐに終わってくれ。)

 

彼女はから服からあの白い端末と、鞄から半球状の水晶玉のようなものを取り出し、それらを隣り合わせるようにテーブルに乗せた。


(一体何が始まるんだ……)

 

透き通っていた水晶玉が綺麗に玉虫色に輝き出すと彼女はそれに手を翳し始めた。

「——というわけで私から……キミも私と同じように反対から手を翳して。」

「え、あぁ……。」

 

(私、ノロールム人のニオラス・アーベントって言います。よろしくね!)

 

「おぉうぇ!?」

  

(——こいつ直接脳内に!?ってやつか!)

向かい合って手を翳しただけなのに僕の脳内に快活な彼女の情報が注ぎ込まれて来る。まるで或る種のテレパシー。

(すっげぇ!こんな感覚初めてだ!なんだこれ!面白ーい!!)

 

彼女が照れ笑いながらこちらの表情を伺う。ここまで一緒にいた彼女の名前をようやく知ることができ、僕の心に新鮮に響いた。

 

(これが異星人の名前……か。)

(ノロールム人?種界名という概念は馴染みはないが、どこの国の人みたいな種族的な括りのことか?)

 

ここのところ今までない出来事が立て続けに起きている。このままだと僕は人間が一日に摂取して良い興奮の許容量を超えてオーバーフローしてしまうのではないか?なんて表現も大袈裟では無い。

 

「へぇ!よろしく。」

「ふふん……うん、これからよろしくね。どうだった?面白いでしょ、これを使っての初めての自己紹介は?」

「すっごい、言葉じゃ表せないような初めての感覚だった。」

 

昂る感情、上がる口角、見開く目。

こんな事を体験してしまってはどんなに重たい扉でも心を開かざるを得ない。

 

(ふぅん、そんな名前だったのね。言われてみるとそんな名前がしっくりくるというか似合っている気がする。個人的にこれからニオと呼びたい。)

 

「そうそう、基本的に教えたくない情報とか意図しない考え事とか一瞬過ったノイズとかは相手に伝わらないから安心して。脳内盗聴じゃなくてあくまでもこれは自己紹介用だから」

(——つまりそれって誰も傷つけないやん。最高かよ。)

 

この鮮烈な新感覚に今までの常識が覆る。心を射抜かれた僕は掌を返し、どこまでも嫌いだった自己紹介という機会の認識が一変、好きになった。

……当然今回のような機材を使った時に限る話だが。

 

「次ぃ」

「あっ、じゃ私か。」

僕が手を翳したまま友人たちに交代していく。


(ロロニ・ネリン。ロタレバート人……です。少しの間よろしくお願いします。)

(——緑の艶肌が印象なロロニさん。襟巻きの子だ。独特の雰囲気で、落ち着きつつもしっかり意見を言っていた方だ。皆の自己紹介ってこんな感じになるのか。)


(私の記憶の名前はノーザ・アミニス。体の名前は四号機です。……元アシール人で今は機械生命体です。)

(——えー!なんだそれ!? よくわからんが鬼かっこいい!どうにか僕もいつかそんな中二心擽る自己紹介してぇわ。このメカっぽい子……淑やかな方がノーザさんか。)

 

(イファイヤ人のビスト・ジナな。よろしく!)

(——ビストさん。尻尾の子だ。態度とかが他の人と比べてさっぱり目な気がする。この方は裏表が無くて物事をはっきり言いそう。偏見だけれど。)

 

一通り皆の自己紹介が終わる。ロロニさん、ノーザさん、ビストさん、そしてニオ。各様、この紹介により見た目以外の情報を取得することができた。それにより興味を掻き立てられる点が積もっていく。僕に勇気と機会があれば一人一人に質問したいのだが……


(よく考えたら、これって皆の紹介と同時に僕の分の紹介もこれを通じて皆さんに伝わっているって事だよな……。)

 

考えて喋るという行程をすっ飛ばしたことで「自己紹介をした」という実感が無い。どんな感じで伝わったのか……

おおよそもわからないという違ったベクトルの恥ずかしさがある。今までの僕らしい不安感。しかし、通常の自己紹介ほどのストレスはない。手を翳すだけで、自己紹介の度に脳のリソースを割いたり、ストレスを感じたり、舌が干ばつにならずに済むなんて……未体験のテクノロジーを実際に享受することが出来た僕は、発明した人を崇めたいくらいだった。

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