第11話 ━空間━
大通りに乱立する雑居ビルの中、茶色と白の軒先テントが際やかなこの店。たどり着いた先の時間が止まった喫茶店は想像を越える異様な雰囲気だった。
(この近くは誰もいないか?)
「カランカラン……」と、一度は聞いたことのある音。
(やっぱり扉は開くし、入店音もあるのか。……変なの。)
店主らしき人が一人。なんとも言えない表情で固まっている。
お客さんは勝手に入った僕らのみ。
時計は相変わらず八時二十分を指している。
よく接した道を横切ってはいたけれど、店内に入ったことは無い、物心ついた頃からここにあった店だ。
入ってみると思っていたより中は広くなく、木を基調としたレトロにも今出来にも見える内装と温かい明かりが落ち着く。
……こういう喫茶店は趣向の濃い雑貨が所狭しと飾られていたり、常連客と店主の関係性が完結したりしていて、入りにくいイメージがあったけれど、知る人ぞ——という風変わりな感じはない。シンプルで落ち着く空間であり、木や珈琲などが混ざり合う自分好みの香りが心地よかった。
僕が外から見えにくい奥の席、背もたれが寸足らずの丸イスにつくと、続いて彼女も左隣のイスにぎこちなく座った。
束の間の休憩と思いきや、
「ねぇねぇ、ここって何のための場所なの?」
なぜか小声で聞いてくる。学校に続いて喫茶店まで教える羽目になるとは……、やはり彼女はこの世界に詳しくないらしい。だが、迷い込んだにしては彼女の振る舞いに焦りは無い。
どういう訳で何のためにこちらへ来たのだろう。
「飲み物とかお菓子と食べて休憩するスペースだよ……この人に頼んだら出してくれるんだ、対価としてお金が必要だけど」
この空間を気に入った僕は、喫茶店を知らない人向けに喫茶店という概念を教えつつ、あたかもここの常連であるかのように振る舞う。
「はぇーん」
この空間を理解しようとする彼女は店を見渡しながら現の抜けた返事をくれた。
勝手にカウンターに立ち、珈琲を知らない彼女に対し、店主の代わりに僕が珈琲を振る舞ってその味を教えることもできたのだろうけれど、僕の浅学な焙煎知識で一から作り上げた場合、とてもコーヒーとは呼べない代物が出来上がる可能性があったため、今回はやむを得ず……控えることにする。
奥には食器やお菓子やお絞りの他に「喫茶『ピエー・ナチュレル』絶賛キャンペーン中——」と書かれたカラーのチラシが三センチ位に積まれ、試行錯誤したのであろう殴り書きのメモと共に目に留まる。どうやら最近作った物のようだ。世界が普段通りならこんなものはお目にかかれないのかもしれない。
「——このままだとウチはカフェオレ専門店になります。どうぞ他のメニューもお楽しみください。」
(なるほど。それはそれで面白そうだけれども……)
世界が止まってから何時間が経過しただろうか。常識が改竄されて時計がその役割を果たしていないので分からないが、やんわりと僕は元の世界が恋しくなっていた。
「あぁそうだ、君の言っていた例の友人は何人来るの?」
もう彼女に尋ねるのも慣れきっていた。
「えぇと、三人。ふふん、楽しみにしててね。」
(三人かぁアウェーだな。親切で喋りやすい方達だといいけど。)
お察しの通り、僕は初めて顔を合わせる人と会話をするのが苦手だ。しかも三人、彼女のような見知らぬ種族ともなると全くの未知数である。ある程度想像はしていたが、どうせ上手く喋れっこない。「未知の生命体 会話 攻略」とかでウェブ検索してもそんな体験談存在しないだろうし。
(うぅ……気分悪ぅ。)
僕は喫茶店のメニューをピントが合ってないまま脳に送り続けつつ、心の中で何度もため息していた。
彼女は俄かに席を立ち、鼻歌を奏でながら物珍しそうに店内のオブジェクトを触り始めた。僕はカーテンとブラインドを全て閉め切りテーブルへ移動し、他から席を三つほど拝借、彼女を手招いた。
「こっちで待ってようか」
「ありがと、気が利くじゃん♪」
そして暫く緊張の中、したくないイメトレにうんざりしながら待っていた。視界に入る何が描かれているのかよくわからない絵画がほんの少し斜めに傾いているのが気になり始めた頃に、三名ほどの可愛らしいお客さんが一緒に入店する音が。彼女の友人たちの顔が揃ったのだろう。
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