第10話 ━提案━
この学校の事務室や倉庫にある、大きめのダンボールの中に僕が収まり、彼女がそれを乗せた台車をガラつかせ押し運ぶ、そうすれば喫茶店までの道如きでは見つかるまい、という寸法だ。単純にして狡猾。上手く行く気しかしていない。
これを思いついた途端、彼女を薄汚れた階段裏の倉庫まで案内し、実演しながらこういうのはどう?、と自信ありげに提案した。
……しかしながら、門前払いであっさり却下されてしまった。
「えー、私がこれを運ぶの?これ箱?うるさそうだし、こんなの外で見かけられたら不自然の塊じゃない?」という風に。
(あぁ、そりゃあそうか。ぐうの音も出ない。)
彼女たちはダンボールを台車で運ぶ文化なんて持ち合わせて無いのだろう。
台車を運ぶ彼女が向こう側目線では怪しさ満点であるなんてわかりきったことに気づけなかったのが結構悔しかった僕は、
「じゃあ、その友人とやらをこの学校までどうにかして呼びつけてくれよ」
と無責任に言い放ちたくはない。潔く帯封を外し浅慮だったことを認める。唯一頼みの綱である彼女との関係を崩したくはないのだ。何より高校から出てそこへ向かいたい彼女の都合があるのかもしれない。
ダンボール台車案がおざなりになった後、物色後のごちゃついたた倉庫の前で二人は暫く無言になる。
重なったパイロンに、絡まった万国旗、プリンターのインク、進路選択の資料など。倉庫は長い間掃除されていないのか、色んなスパイスが混じった歴史を感じる臭いに包まれている。お互いに物品を見つめ何かヒントが出てこないか、と考えるが……なかなか案が出ず、どばどばと時間が経っていく。
(——どうすれば見つからずに喫茶店まで行けるのだろうか。それも不自然ではなく。こんなことは人生で考えたことが無い。まぁ考える必要なんて一切無かったのだけれど。)
「んー。私だけなら今、外へ出ても何の問題も無いんだけどねぇ……キミにそこまで案内してもらって直接皆と話し合いたいからなぁ……」
「そうなんだろうけど……難しいよ。」
……
倉庫を片付けながら二人で話し合い一つの案が導き出された。
それは二人で歩きながら事前に道を教わった彼女が前を、僕が後ろを索敵し、この先に人がいるかどうかハンドサインを出してもらいながら潜行し、奴等からの目撃を回避する。万が一見つかったら通り過ぎるまで僕が静止してるふりをする。平たく言うと「だるまさんが転んだ」みたいな感じ——である。
そんな大胆な案で特殊な訓練を積み損ねた僕にはかなり心許ない。
彼女が言うには
「まぁ周りの人たちはどうせこの星の構造に慣れてないし、こんな付け焼き刃な手段でもなんとかなるでしょ」
とのこと。
(本当か?信じるぞ?簡単に死んじゃうかもしれないんだぞ?)
僕は避けゲーや潜入ゲーは苦手なのだがこれ以上の策を考案することができず、思い余っていたため懐疑的なまま甘んじてこの試案を承諾した。
見つかったら何をされるのか分からない恐怖が何度もちらつく。
彼女を信じきれていない僕は、先行きが不安のまま怖ず怖ずと知っている廊下を通る。ここまで共に来た自転車を諦め、開きっぱなしの昇降口から学校を後にした。学校から出てあの喫茶店まで普段のペースで歩いたらだいたい十五分かな。そんなに遠くはない。
(学校の敷地から出るまでは問題なく。ここから周りをよく確認しないと……)
(曲がり角がこんなに怖いのは初めてだ……息を潜めて神様に念を送る。「誰にも気づかれませんように」と。)
(出てすぐのここの交差点は人目につきそうだけれどなんとか。本当に大丈夫……?)
油断は禁物。奴等はどこに潜んでいるか分からない。全てを疑え。ずっと周りをよく見渡していたら、目が痛くなるくらいに力が入っていた。
(しゃがみ歩きに慣れてないから膝が痛ぇ。)
物陰に隠れたり音を発てずに歩くのは神経を消耗していく。
(右よし、左よし、ここを真っ直ぐ、で、角を右に……あれれ。)
「そうそうここ。薄茶色の建物の。」
「ここが……?」
時間停止の景色を楽しむ暇は無かったが、奴らは何かを凝視していることが多いからか、振り向くこともせず見つからずにあれよあれよと簡単に喫茶店までたどり着くことができてしまった。ここまであっさりとは、知っている道にも関わらず、命懸けで不安だったのに拍子抜けである。ハンドサインも全部ゴーだったし。冷や汗分の消費エネルギーを返してくれ。
彼女によるとどうやら友人たちは互いの持つ端末の位置情報を頼りにもうすぐここに着くらしい。
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