第9話 ━不意━
「こっちは教室と下駄箱くらいしかないし新校舎の二号館の方へ向かってみるか」
(本当になんにも知らなかったな……)
(こんなに打ち解けて会話したのはいつぶりだろうか。何だか楽しい気がしてきたな)
いつの間にか心が解れつつ、渡り廊下を歩いていた。
「あぁ、やっぱり朝だから二号館の方には生徒がいないね」
「ふーん、それなら動きやすそうじゃん」
「入ってすぐのここが図書館って言って——」
「えぇぇえ! こんなに大量の紙の本初めて見た! 私紙の本好きなんだよね」
「そ、そうなの?」
「この重量感!紙の匂い!ページを捲る感覚!これだよこれ!たまらないね!……泣きそう……」
「あぁわかる。電子書籍にはない手元にあるという安心感があるよね。」
彼女の意見はすごく良く分かる。本は紙派。の人に悪い人など居ないだろう。たとえ見知らぬ生命体だとしても。
僕は彼女との距離がいきなり近づき、親近感が湧いた。
それと大量の本に頬擦りしようとしたところで止めてあげた。
「こっちに行くと——」
僕の適当な説明の途中で彼女は立ち止まった。
「ん!?何これ!」
「蛇口だけど。」
「“ジャグチ?” えー! かわいい!」
「はぇ、へぇ?」
(かわいい……のか……?)
「そう、このフォルムといい、この艶といい、突き出た感じといい、すんごくかわいいじゃん!」
「えぇ……か、かわいく見えてきた……かも?」
今まで紹介した何よりも彼女はこの「蛇口」に目を輝かせた。
(なぜ、よりにもよってソレに食いついたのか、今度は一般的な我々の感覚では同意しかねる。)
やっぱり彼女たちはすごく変わった感性をお持ちのようだ。
「それ、回せるぞ。」
「え? 回せる?」
「ここをひねる感じで回してみ。」
「キュイン……ジャーーー……」
「う!?」
蛇口から勢いよくただの水道水が出ている。
「あはははははは! ひぃ、面白すぎ。えー、どうしよ、かわいい……。ぶっ、あははははは!」
僕は蛇口に笑い転げている彼女を構わず引っ張り上げて次の場所の説明を続けた——
PC室、家庭科室、保健室などなど。
……そして二号館を周り終えて、本題に入る頃だと思っていたら、彼女からこんな質問をされた。
「そういえばキミはなんでここの屋上にいたの?」
それは背後から突然聞こえてきた。
温もりのあったはずの背中が急に冷えていく。
確かに、制服でもないこんな格好で学校の屋上なんかに一人でいたら場違いにも程がある。そりゃあ誰だって気にはなるだろう。
(ここで来るのか。一番聞いて欲しくないところを射抜かれた。)
彼女の純粋な疑問が僕の貧弱な言い訳フォルダの探索役を苦しめる。
「あぁ、僕は少しだけやりたかったことがあって、あそこの景色を見たかったんだ。君にこの高校を教えてあげるのを優先するような、大したことない用事だよ。」
「ふぅん。出来るといいね、そのやりたかったことってヤツ」
「——そうだね。」
(……。)
ゴホン、さて、この高校から待ち合わせ場所である喫茶店に行くにしても、当然ながらそこまでの道のりには奴等が、つまり彼女と同じ種族を含む多種多様で未知数な種族達がこの付近だけでも行く手を阻むように点在しているではないか。
これは大問題だ。彼女はともかく他大勢に動いている僕の存在がバレたらどうなるかは考えたくもない。なのでそれらには見つからずに腕利きの忍者のように待ち合わせ場所に向かう必要がある訳だ。
そんな中僕は一つ名案を思いついた。要するに僕の姿が見えなければ良いわけだろう——。
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