第8話 ━説明━

「……ここを降りればいいの?」

「そうだよ」

「来るときもここから登ってきたの?」

「そうだね、はい。」

「うわぁ。この高さでこれ、大変だなぁ」


(——僕も初めてだし、屋上なんて普通来ちゃいけないんだよなぁ。)

 

僕がいなかったら彼女はずっとこの屋上に一人きりで取り残されていたのかもしれない。そしてどう接していいか分からない僕は距離感が測れず暫く言葉遣いが乱れていた。

 

ひとまず僕はベランダへ降り、教室に戻ってきた。開いていた窓にホッとする間も無く、ガラス越しにこの場を見た彼女の芯のある感嘆が耳に届く。

「うわ、すごっ!何これ!地球人がこんなに!」

生徒も先生たちも止まっている、そんな校内は僕も初めて見る訳で——

 

……僕はこの教室の生徒だった。何度もここへ来て授業を受けていた、いつもの場所。頭の中で今の教室とフラッシュバックした当時の教室、その二つの光景がここで繋がる。内装は壁や机などあの頃より綺麗になっていたり、当時無かった大画面のモニターが備えられていたりと、来る時よりも心に余裕がある僕はそれらをじっくり見たがっている。染み付いた懐かしさを感じるくらい面影のある光景を。


(——あそこが僕の席だったところ。)

(——こんなに教室小さかったっけ。)

(——あの壁の傷まだあるんだ……。)

 

時の流れと共に僕が成長したということに感懐を覚える。

 

あぁ、あの時を思い出し、気がすむまでひたすらずーっと回想に浸かっていたい。


——まさかこんな形で母校を探訪することになるとは。

 

彼女が生徒達の表情をじーっと観察していた隙に僕が懐かしの面影に耽っていたのに、なんだか落ち着きなさそうにしながら僕の袖の端を摘まんで揺すってきた。

 

「ねぇねぇ、この人たち服を揃えて綺麗に座っているけれど、もしかして何かを習う場所なの?」

 

(そうか、知らないのか)

 

「高校だよ、皆んなこの施設に集まって、自分の将来のために色々なことを教わるんだ……君たちの住んでいる世界にはそういう学校みたいなのは無いの?」


(——当時の僕は将来のことなんて一ミリも考えたくなかったけれど)


僕は彼女と出会ってから初めて自然に会話を振ることができた。

「……あー、学校ね、私のところにもあるけど私が通っているところはこんなにきっちりしてないし、将来なんて……あ。」

「ふーん、そうなのか、じゃあこんなにも観察しやすい機会まずあり得ないし、一緒に見て回ろうよ」

「是非!嬉しい!見たい見たい!」

 

さっきとは比べ物にならない別人のような表情とテンションで接してくれる。僕はここを知らない彼女の、初めて見る世界に対するリアクションがどんなものなのか、すごく楽しみで仕方がなかった。

 

彼女は視界に入るほとんどを知らないみたいだ。僕にとってありふれたありきたりの物でも、異境からやってきたであろう彼女にとっては全てが未知の存在だろう。

結局、僕は説明するのに打って付けの空間に乗じて、学校の有り余るほどの物体、概念、システム、その他諸々を教える流れになった。

これが机で、こっちが椅子、上にあるのが照明で、奥にあるのが教卓、黒板……


時間の止まった母校の廊下を練り歩きながら未知の生命体に紹介をしていく……勿論やりたいからやっているのだけれど、成り行きに身を任せたらすごくカオスな状況に行き着いてしまった。


「上から見えたけど、この建物結構大きそうだよね……?」

「そうだね、建物自体の大きさもそうだけれど屋上から見渡した時はここの周りが住宅地だったから大きく見えたんじゃないかな? 教室の数とか生徒数は割と平均的だと思うけどね。」

「これで平均的……ね。」

「そうそう、この建物は一号館。いわゆる「教室」は全部この建物に収まっているんだよね。」

「あそこまで、これ全部教室!?どこまでいるんだ地球人」

「この階は三年生の分だけね、この下の階に二年、さらに下に一年の階があるんだよ。」

「えっ、そんなに……」

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