第7話 ━信用━
「——というわけで、そこまで案内してよ。」
「……。」
しばらくは彼女の話をよく聞けていない。というか、未だパニックで話が入ってこない。言葉が脳を通ってくれない感じで。
彼女は通話を終えるとフェンスの網目から外を覗き込み、再び屋上からの景色を見渡しはじめた。
(——そんなにここからの景色って良いか?)
ここからは天気の良い日に小さく、皆が富士山と呼ぶ地球の出っぱりが見れるらしいが、これと言った小粋な名所は確認されていない。ただただ薄茶色の校庭と変わり映えしない住宅地が見下ろせるだけだ。僕も初めてここへ来て見た景色ではあるが、彼女ほど夢中にはなれなかった。
いつの間にか僕はずっと景色を眺めている不思議な彼女を見ていた。
(これからどうなるんだろう。えっと……待ち合わせ場所が喫茶店で、そこまで案内し——)
そして一つ前の言動が甦る。
(なーにが「駅前の喫茶店とかかな?」だよ、ふざけるのもいい加減にしろ!バカタレ!)
どうしてだろう、僕はついさっき僕自身が放った言葉がお気に召さなかったらしい。(喫茶店で待ち合わせなんかしたことないくせに)不意を突かれたわりに冷静なフリをしてあの回答を抽出できたのならそれはそれは上出来ではないのか。
(彼女に言われるがまま、ただただ流されていいのか?)
(本当に会ったばかりの彼女をここから喫茶店まで案内するのか?)
少し時間を経て冷静になりはじめた僕は、彼女に疑問を差し出してみたいと小さな葛藤が生まれる。自ら話しかけるのは得意ではないが、最低限、気になるものは知っておきたい。
「あ、あのさ、ここの時間が止まっているのは君たちが何か関係しているの?」
と、敢えて触れていなかった話題で屋上の彼女を振り向かせた。
(僕がさっきまで何度もイメトレをした後の聞き方。会話が得意ではないことを悟られぬよう、できるだけ自然に振る舞え……)
「……それはあなたに教えていいのか分からないの。」
彼女はなんだか悩ましさと切なさが混ざったような顔に変わった。
「じゃあ、君の名前は?」
(おい僕、なんだその聞く順番は。)
「ごめん、まずは私の友達と会って話し合わさせて。その成り行き次第でキミに教えれることがあるかもしれない」
(——はい。)
そういうところはああ見えてしっかりしているんだなぁと感心。
「あっ、そうだな……悪かった。」
僕の喉が発した声はあからさまに小さかった。想定よりもずっと。
ひとまず聞くことはできたので、ここで質問しておけばよかったという後悔は消え去った。けれど、振り絞ったおかげでどっと疲れが押し寄せる。謎は謎のまま、答えは当分お預けのようだ。手応えは微妙で後味も良くないような、なんとも言えない寂しい気持ち。あぁ、無になりたい。
はぐらかされたせいで、蟠りが残り、彼女たちはどういう存在なんだ?という疑問がより一層気になってしまう。
今僕は、彼女の「私も状況を飲み込めてないの、もし私たちのことについて話せたとしても、すごく長くなるし、全てを理解できるか分からない。キミの置かれている立場を少しでも分りやすく説明出来る人を増やすために仲間を呼びたい。だから一緒に喫茶店に行こう。」みたいな、そんな感じの言い分を信じるしかなかった。
今は仕方ない、彼女と一緒に行動することで何らかの収穫があるかもしれない。そして信用を得て、喫茶店で彼女の友人たちと僕の置かれている立場を知りたい。
話を戻して、向かうべくとりあえずここから降りよう。
……とは思いつつも、僕はこんな粗らかな状況を飲み込めず、頭がもうパンクしそうである。これが事実。ヤケクソで猫背の頼りない姿で「夜中に屋上までに来た道」をなぞろうと、忘れていた脱いだままの靴を手に取り、教室へ向かう。名前も知らない彼女と共に。
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