第5話 ━光景━

「えぇえ!?……へ?……ちょっと!聞いてないよ!」


(はぇ?)


向こうから話しかけてきたわりに不思議な反応ではないか? その上、怪訝な表情。目の前に佇む白銀のショートヘアが靡く彼女は、一通り慌ただしく驚いた後、僕を不思議そうに見つめ、腕を捲り、見慣れない服から何かを取り出そうとしている。


(電子機器?)


そんな直後、白くて薄っぺらな端末のようなものを手に収め、誰かに連絡を取るような仕草。さらにそれらは彼女の濃いオレンジの肌によって際立っている。今までに見たことのない肌の質感だ。背景は青空。直立し腰に手を当てている彼女の背丈は僕と同じか、それより少し小さいくらいだろうか——

とにかく僕は、その視界に堂々と映し出された「ありきたりな現実の中に現れた見たことのない異質なアクセント」というコントラストがどこか芸術的なものに感じた。

そのワンシーンがあの静止した鳥たちの光景をも掻き消し、鮮やかに脳裏へ焼き付く。

 

それとは別に僕は何かを察した。

僕というのは彼女らにとって何か不都合な存在なんじゃないかと。

頑なな確証はないが簡潔に表すと、

 

        殺される気がした——。

 

「そんな場合ではない」と咄嗟に、さっきまで釘付けだった脳が邪魔な思い込みをはね除け、直感を直ちに行動に移す。無我夢中で彼女の腕を掴み、すぐ後ろの空調のダクトに押しつけて尋ねる。

「これってどういう状況ですか!?……もしかして僕、殺されるんですかぁ!?」

一時的に通報を阻止するのには充分な対応をこなした。未知の生命体に出会った恐怖心が遅れてやってきたのだ。額や首元から汗が滲み、かなり焦っていることを自覚する。

瞬間的な行動判断に比べてあまりにも状況把握が鈍い。

それにより彼女の額に一対ある角か触角のような器官が驚いたようにびくりと反応する。

 

精神が正常な人間なら出会ったばかりの、それも初めて見る生命体に果敢にこんな質問はしないだろうし、すべきでないのかもしれない。憔悴しきった僕の顔が今にも落としそうなその端末に反射し映っていた。


(というかなんで僕はここまで「生」に執着してるんだ?絶とうとしてたんだろ、ついさっきまで——)

 

彼女は焦りを隠しつつ気まずそうに答える。

「え、えぇーっと、それはわからないです、これは……おそらく……謂わば想定外な出来事というか。なんというか。」

 

(……?)

 

「はぁ、そうなのか」

理解は出来なかったが、それを聞いて僕は力が抜けた。唐突に投げかけた質問のわりに人間味のある回答に少しホッとした。でも思いの外、憐れみのない事務的な答え方で幻滅した。

 

「すいません、突然すぎて慌ててしまって……」

僕は彼女の影に向かってうっすら呟く。怖がらせてしまった。合わせる顔が思いつかない。猛省。冷静さに自信があってアニメや漫画の類いで観たような予備知識がある僕とはいえ、こんな前代未聞の事態を前に無理もない。


(アクシデントを華麗に捌く能力が欲しい。不得意なんだよこういうの——。)

 

よく僕は人と話した後、入浴中とか寝る前とかに、もっとこうすればよかったなんて振り返り、反省とか後悔とか言う名のダメージを受ける。それを飽きるほど繰り返すんだ。


(……そうして自分が嫌になっていく。)


今回も例に漏れずソンナカンジで一人反省会を開催する羽目になるだろう。全て満足な選択を通れる人間なんている訳ないだろうに——。


(あぁあ、なんてことをしてしまったんだろう。どうせ頭上に浮かんだ集中線の中に「こいつはヤバイヤツだ……」っていう文字列があるに決まってる。)


動揺と落ち込みで固いコンクリートの屋上に座り込んだ僕は、背中を丸め申し訳なさそうに彼女の方を向く。すると向こうは何とは無しに気儘な雰囲気で、腰に手を当て、端末を片手に持ち、この屋上から眼下に広がるさながら一枚絵のような景色を楽しんでいた。

 

これじゃあ反省をしようとした僕が馬鹿みたいだ。

 

暖かく柔らかい風と共に彼女の髪と触角らしきものが靡く——


(……彼女は何者で何しにここへやって来たんだろうか)

(幽霊?)

(異世界人?)

(時が止まると認識できるようになる新種の生命体?)

 

そして彼女が言った「想定外の出来事」とはどういうことだろうか。僕は頭の中で甦った言葉の意味を考えようとせず、その響きだけでどこかで聞いたような「異世界に転生した選ばれし主人公感」を見いだして、こんな訳の分からない事態にも関わらず、勝手にウハウハしていた。

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