第4話 ━出会い━

僕は世界から解放され、ようやく救われたらしい。

だけれど同時に、この世界は死んでいるようにも思えた。

死のうとしたのは僕の方なのだけれど——。

 

静止と生死。はぁ、そんなしょうもない駄洒落は置いておいても、生命体が動いていないというだけでこんなにも静寂なのか、と痛感させられる。

無駄な環境音が消失し、今聞こえるのは自分が生み出す音しかないのだ。音のない世界に妙な違和感があるものの、この屋上から辺りを見渡し、目が慣れ視野が広がると、筋書きの話題にされがちな時間が停止した世界はどこを切り取っても果て無く続く奇妙な光景に思えた。


こんなのは初めてだ。

「うおおおおおおお!」

「あははははは!はははは!」

どれだけ大きな声で叫んでも、笑っても誰の迷惑にもならない……! 何をしても良い世界なのだろう! 最っ高の気分だ……!

 

人々が神を信じるのもわかる。あぁ神様、素晴らしい贈り物をありがとう。僕は拳を朝の空に突き上げて胸に広がる感情を噛み締めた。


僕は生きて良いんだね……!

 

(——空気中の粒子は止まってないのかな。)だとか

(——もしこれが死後の世界だとしたら退屈すぎるかな。)だとか

(——そろそろエンドロールとか流れてほしいな。)だとか

(——STARTボタンでスキップ……)とか

 

そうやって呑気に考えている。

極限状態からの解放で肩の荷が無くなり、枷も外され、気が緩んでいた。

 

——もう辛いことなんて無いだろう。

そんな超能力者気取りがこの星の主になる勢いで、素敵な時間停止ライフを堪能しにどこかへ行こうとした瞬間——。

 

明らかな会話らしき「人の声」が聞こえる。反射的に僕はすぐさま視線を声の方へ向ける。


(何事だ!?)

 

そこには「人間では無い何か達」が何らかを指差して話合っている。それも車道の真ん中で。

 

あそこにも、ここにも……と散見。

 

(——なんだあれ、いつから居たんだ?)


というのが遠くから見た率直な僕の印象。とんでもない何かに巻き込まれているか、もしくは本当に狂ってしまったか。まともな人間なら後者を選ぶのかもしれない。ともかく僕は、一目瞭然な程に際立っているその「人間では無い何か達」について、フェンスの網目にぴったり張り付き息を殺し目を凝らし校舎の屋上から観察を続けた。

枷の解かれた今の僕は恐怖なんて感じる筈もなく、むしろ興味深い。僕は今まさに起きているシーンの手がかりを欲していた。

 

奴らの見た目はもちろん人間ではない。でも、不気味とも言い切れない。怪物と呼ぶにはどことなく人間すぎるからだ。なんというか、大きさや外形や動作とか。言うならば「ハロウィンでのかなり凝った仮装」というのが蒙昧な僕の語彙力で最もしっくりくる例えだ。ともかく奴等が日本語を流暢に話してい——

 

「あー?あはは、おーい。」

「ん?」

視界に手のようなものが入り込み上下している。

「すいませーん、もしかしてキミ、私を認識できていますか?」

瞬間、僕は凝然とする。

 

(あぁまずい!?得体の知れない見たこともない人間ではない何かに声をかけられてしまった。考え事をしていて自分の周りの気配に気づけなかった。一生の不覚。奴等の一員か? もうだめだ。おしまいだ。ガメオベラだ。リトライリトライ。進研ゼミではそんなこと習ってないぞ。)


※僕はパニックに陥っている。


(とりあえず「認識できていません」と答えるのはナンセンス。というかあまりにも矛盾。無視して気付いてないフリは? いいや、わざわざこちらに話しかけてくれたのに聞こえていながら無視するのは心が痛む。というかちょっと目が合っちゃった(てへぺろ)。なので無視したところで怪しまれるのはわかっている。)

 

そんなわけで、思考もままならぬ僕はおそるおそる聞こえるか微妙な声で、

「いやぁー、ぁぁぁ……はい認識できています……。多分。」

と時間切れで情けねぇ解答を提出。無念千万。悲しき消去法である。

うぅ、僕の華々しい妄想は唐突に現れた彼女の涓滴のようなその質問を一粒垂らされたことにより瞬く間に儚く散っていった。

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