第2話 ━迷い━

……

 

僕の悪い癖の一つに「ゴールの目前で葛藤する」なんてものがある……

 

今までの自分は、

自分を見つめ直すのが怖かった。

どうせダメで傷つくのが嫌だった。

他人に自分を評価されたくなかった。

自分は比べて欲しくないクセに気付けば誰かと比べていた。

もう戻れなくなりそうで決断が出来ない。行動に移せない。

何かになるのが怖い。何でもない自分のままでいたい。

周りに流されて自分が自分ではなくなるんじゃないかと不安が捨てきれない。


自分でも嫌になるくらいわかっている。

 

臆病で中途半端に真面目な性格が故、こんなところにまで来てしまった。

間違え続けてたどり着いた先。ここまで来たら僕はもう戻れない。

真面目か不真面目どちらかに振り切って生きていけたらこんなに苦労しなかったのだろうか。

 

いつも通りの思いが今日もすれ違う。こんな場所でも。

 

月明かりにほんのり照らされながら僕は足を組み、目を閉じおもむろに瞑想を始めた。ネットで一度調べただけの軽薄な知識だが、それらしさが見える程度にはこなれていた。

おそらくこれが人生最期の瞑想になるだろう。落ち着け落ち着け僕。心を落ち着かせ呼吸だけを意識するんだ。

 

……。

 

呼吸を重ね、額の中央一点に意識を集約させる。


(屋上から飛び落ちたら迷惑じゃね?)

(遺書とか書くべきだった?)

(あー、ニュースになったらどういう報道を……)

 

まだ戻れるよと自分自身に伝えたいのだろうか。揶揄うように雑念が湧き溢れてくる。

振り切ろうとしてもどこまでも。

それから同時にどうしようもなく視界が狭まっていた自分を客観的に知る。果てしなく情けない。

もしや日本で「学校の屋上」という空間で瞑想をしているという希有な存在は史上僕が初めてで、かつ日本で一番瞑想が下手なのかもしれない。こんなにも後腐れに塗れた雑念が溢れてくるのはむしろ才能にすら思えた。

それでも瞑想は偉大だ。

単に僕が影響を受けやすいバカなだけかもだけれど、心を落ち着かせ、こびりついた汚れのような不安を綺麗に拭いてくれた気がした。

 

「ズシン……」

(ん?何か鈍い物音と僅かな揺れが。大したことはない。どうせ地震だろう。)

 

うっすらと眩しい朝日が昇ってくる。もうおしまいにしようか。いや、するんだ。下を覗くと、ここがどれだけ高いかよくわかる。僕の無計画に積んだ崩れ落ちそうな決意が吸い取られていく気がした。


(——そうだ、そんなに揺らぐならチャイムと同時に落ちよう。それなら僕でも……)

 

楽しかったことが楽しめなくなった雑に過ぎる日々に終止符を打ちたかった。こんな道じゃなく新しい道を歩きたかった。だけれど歩んできた道を全て投げ捨てる勇気なんてない。だからちっぽけな思いつきにすがった。積み上げてきたなにもかもを終わらせるというのに。「決断」が出来ないなら「使命」と捉えればいいという全く愚かだが、僕はとてつもなく斬新な発想だと感じた。

 

(どうしようもない僕を許してください)

 

生徒たちの声が段々と騒がしくなってきた。どこか懐かしい朝な空気感に包まれている。薄っぺらな瞑想と拙い考え事で夜が明けた。まっさらな紙をただ丸めて捨てたような、無駄な時間だったかもしれない。もうこんなに経ったのか。足下のスマホの時刻を確認する。

 

(そろそろだ。なにも考えるな、臆していても変えられない。もう終わらせるんだ。ここで、絶対に。チャイムが聞こえたらそこのフェンスを越えて重力に身を任せて落ちるだけ、ただそれだけ……)


衝動的にここへ来てみると、いつの間にか抱えきれなくなるほどの不安感や失意が、変わらなきゃいけないんだという強迫観念に変色していった。

 

(今までの自分ありがとう——生まれ変わって、来世では新たな自分を好きになれたらいいな。)

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