うつうつつ【完結済】

混漠波

第1話 ━旅立ち━

「僕はいつ死ぬのだろう」

「僕は死ぬまでの間に何を体験するのだろう——。」

——答えは考えきれない。

いくら知恵を絞ろうと、想像を膨らませようと、そんな行為は時間の無駄と言うのかもしれない。


でもいつか答え合わせをしてみたい——

    

夜中。気が狂いそうな胸騒ぎで目覚める。

今までに感じたことのない衝撃にしては僕の反応は冷静だった。

心当たりはある。今起こるのは……想定外だったけれど。

はちきれんばかりに責め立てる鼓動を感じながら上体を起こし、胸を押さえ、深呼吸。ベッドの上で必死に落ち着こうとする。 

「死ぬかと思った。」 

——感想としてはただそれだけ。

散らばった布団を元通りにして、しばらくはぼーっとほとんど暗闇の天井を見ていた。

 

 

「……今、何時っ?」

衝動的に目覚ましを叩いて灯し時刻を確認。

そして何かを決心したかのような勢いで立ち上がり、自室のクローゼットを静かに開け、粗雑に掛けられた上着を手に取る。そこそこに身支度をし、最後にスマホをポケットに忍ばせ部屋を抜け出す。誰も起こさないように音を立てず、そっと玄関の鍵を開け外へ颯爽と飛び出す。


(——いってきます。)

 

まだ暗い、肌寒い、うっすら息が白くなる。

冴え渡った空気を感じとりつつ何かに誘われるように自転車に跨がり、たった一つの目的を握りしめ僕は学校に向かった。見慣れない夜の景色を味わいながら何度もお世話になったこの道を漕ぐ。手が冷たくなっていく。

使い古した自転車で進みながら眺めた贅沢なこの星空はいつよりも増して煌めいていた。

 

——宇宙。

近くて遠い壮大な場所。未知に溢れた場所。夢を秘めた場所。

僕は今まで何度宇宙にまつわるロマンな想像をしただろうか?

楽しかったひと時も今更もうほとんど覚えていない。まだまだ僕の想像力の範囲では現実の宇宙には程遠いのかもしれない。


満足するまで馳せると、薄暗い学校に到着。さて、ここからだ。

校門の横に礼儀正しく自転車を止めて、そこから無粋に柵を越えて行く。


(誰も見ていない。……はず。)


些かの罪悪感を感じつつ敷地内に忍び込んだ。校舎の正面の昇降口は鍵がかかっている。

ではこちらからはどうか、少し奥の旧校舎と新校舎を繋いでいる渡り廊下。その繋ぎ目の扉から体を傾け覗く、スマホのライトをオンにして中を確認。


(よし、ここも誰もいない。入れる……)


まるでずっと前から決めていたかのような足取りで淡々と旧校舎の奥へ進む。廊下に貼ってある委員会のポスターが不気味にこちらを見ていたり、暗い中で非常口を示す電灯だけが緑色に光っている。

階段を登る途中、防犯の警報が鳴った気がしたが気にしない。土足と気づいて靴を踊り場で脱いだけれど、それもこの物語ではどうでもいい。

所々に懐かしさを感じつつも夢中で目的地に向かう僕の探り足な足音だけが異様に校舎に響き渡った。

 

階段を登り終えた先、屋上に出る扉に手をかける——

「ガチンッ」

案の定開かない。

そこまで都合は良くない。

薄汚れた立ち入り禁止のテープの前でため息が一つ実る。まるで自分の運が無かったかのように。

 

そういえば、と何かを思い出し足早に一つ下の階の教室へ。地窓をゆっくりと開け、匍匐前進で入室、反対側の窓のクレセントを下げ解錠し、ベランダ。

風を浴びた。

さらにそこから非常用か点検用の心もとない冷えきった手すりに手足をかけ登る。僕は目が覚めてからここまでは何一つ躊躇いが無かった。

 

屋上——。

ざらついたフェンス越しに見えたものは見たことのある景色だがこんなに高い視点からではない。人生でいつか来てみたかった憧れの学校の屋上に到達。

ここに来たかったんだ。

さて、いざ着いてみると思いの外怖じけずく。そりゃあそう。そんなに勇敢だったら、そもそもこんなに思い詰めてはいない……

 

夜明け前の遮る物がない冷たい風が僕の背中をそっと撫でる。屋上に一人立つ。何もかも忘れたい。全てをまっさらにしたい。

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