ロボの父 2
「ロボ、大丈夫?」
ラウドと同じ、ライラの気遣わしげな声に、こくんと頷く。ライラも、レイもルージャも、確かにロボの目の前に居る。リヒトの言う通り、歴史は変わらなかったのだ。最後に視界に現れたリヒトの切り揃えられた鋭角の髪に、ロボはほっと息を吐いた。起き上がった方が良いだろうか? 相変わらず厳しげなレイの顔に身体を起こそうと腕を動かす。しかしそのロボをルージャが制した。
「しばらく寝ておけ」
呆れたような笑みを浮かべて、ラウドがロボを見下ろす。
「君に関して面倒な話をするのだから」
直截なラウドの言葉に、全身に緊張が走った。
「で」
そのラウドの言葉を、レイが引き継ぐ。
「牢から脱出させたのは良いけど、これからロボをどうするつもりだ、ラウド?」
王位継承権は剥奪されているとはいえ、王族である第三王子をその手に掛けたのだから、ロボは死ぬまで、新しき国から『裏切り者』として糾弾されるだろう。レイの言葉に背中が震えるのを感じる。だが、厳しさ倍増のレイの言葉に、ラウドは不敵な笑みを浮かべた。
「方策は、三つある。一つは、異国か隣国に渡らせる」
「それは」
可哀想。小さく呟かれたライラの言葉に、唇が震える。ロボが幼い頃から持っている、未知の場所に対する底知れぬ不安が、久し振りにロボの全身を支配した。そして。
「もう一つは、俺の時代に飛ばして、俺の義父のローレンス卿に預ける」
ラウドが提示したもう一つの案に、ラウド以外の全員が驚きの声を発した。
「それは」
「歴史を変えるつもりか、ラウド!」
レイより先に、強い口調で、リヒトがラウドに詰め寄る。何時になく強い光を宿したリヒトの灰色の瞳を受け止め、ラウドが目を伏せるのが見えた。
「歴史は、既にごちゃごちゃになっている」
俯いたまま、ラウドが言葉を紡ぐ。
「ロボは、本来出会うはずのない両親から、生まれているんだ」
「え?」
ラウドの言葉に、リヒトもレイも、そしてルージャもライラも、ロボを見詰める。
「ロボの父親は、おそらくレーヴェだ」
「えっ!」
「あり得ない」
レイとルージャ、ライラの驚愕を、リヒトが冷静な口調で打ち消した。
「それが、あり得るんだよ、リヒト」
そのリヒトに負けないほどの冷静さで、ラウドが言葉を紡ぐ。今から百年ほど前の、古き国と新しき国が戦っていた頃、ある魔法使いが魔法に失敗して生み出した悪霊をラウドが率いる騎士団が倒しているところに、レーヴェが率いる一部隊がやって来たことがある。ラウドが首を落とした悪霊の最後のあがきである『悪意』がレーヴェを襲い、そのレーヴェを庇う為にラウドがレーヴェを地面に押し倒した時に、二人は未来へと飛ばされた。悪霊の悪意を浴びて息も絶え絶えだったラウドをレーヴェは近くの騎士の屋敷へ運び、そしてその屋敷を代理で差配していた乙女に手を付けた。その結果、生まれたのが、ロボ。
「なっ」
ラウドの話が荒唐無稽に思え、絶句する。しかし、母の話と辻褄は合っている。それに、王都で過去に飛ばされて見た獅子王レーヴェの姿は、母がかつて話してくれた父親の姿と、確かに同じだった。
「それは、ラウドの推測に過ぎない」
しかしリヒトはあくまで食い下がる。リヒトの言葉に、ラウドは再びロボを見、そして静かに言った。
「似てるんだよ、瞳の色が。……あいつに、レーヴェに」
その言葉に入っている複雑な感情に、はっとする。あのちびラウドや少年のラウドがロボを怖がったのはおそらく、ロボの瞳にレーヴェを見たからだ。恐れて、憎んでいる、その人の姿を。
「その話が、事実とすると」
ラウドの言葉に一瞬押し黙ったリヒトが、冷静に言葉を紡ぐ。
「今回のことも、全てはラウドの所為なんだね」
「まあ、そう、なるな」
リヒトの言葉に、ラウドは苦い笑みを浮かべた。
「だから、ロボを過去に連れて行っても、問題は無いと思う」
「有ると思いますが」
呆れたように肩を竦めると、リヒトは自分はもう知らないとでも言うようにロボの側を離れた。
「どうする、ロボ?」
不意に、ラウドがロボの方を見る。ラウドが提示したどちらの案も、ロボにとっては、……怖い。全く未知の世界に、行くことになるのだから。それに、どちらの案を選んでも、母と離れることになる。母の希望を振り切って騎士になったことや第三王子の件でただでさえ心配をかけ続けているのだ。これ以上、母の心労が増えるのは、避けたい。
「じゃ、三番目で行くか」
ロボの感情を察したらしい、ラウドは徐にロボから目を逸らし、真剣な眼差しをレイに向けた。
「レイ、ロボをこのまま、古き国の騎士として受け入れてはくれないだろうか?」
「え……」
戸惑いの表情で、レイがロボを見る。おそらく、レイは首を横に振るだろう。悲しさと共に、ロボはそう予想した。ロボは、……古き国を裏切っているのだから。今更、レイが許すはずがない。
「ロボが古き国を裏切ったのは、母が第三王子に捕らわれていたからだ」
唇を引き結んでラウドから顔を逸らしたレイに、ラウドが言葉を紡ぐ。
「それでも結局、隠里の住民は皆助かっている。ロボのおかげでね」
「そうよ」
不意にライラが会話に割って入る。
「ロボは、裏切ったかもしれないけど、裏切ってない」
「女王陛下のおっしゃることは、分かります」
しかし、レイは全く納得していないらしい。ライラに向かって首を横に振った。
「しかし、私は、彼の裏切りを許すわけには」
「君が、新しき国と古き国との関係に心を悩ませていることは知っているよ、レイ」
レイの言葉に、ラウドの言葉が優しく被さる。
「二つの国の両方を、自分が裏切っているのではないかと思い悩んでいることもね」
「ラウド……」
レイの唇が、震えるのが見える。レイは唇を引き結んで立ち上がると、ロボの方すら見ずに図書室から去って行った。
「やっぱり、難しいか」
足音が消えてから、ラウドは大袈裟なほど大きく溜息をついた。
「仕方が無いさ」
俯くライラの横に、ルージャが立つ。
「レイは、古き国の女王を守る騎士団の団長であると同時に、新しき国を守る騎士団の団長なんだから。責任の重さが、違う」
ルージャの言葉に、ロボも頷くより他、無かった。
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