第三王子の敗北

 人手が足りないので、結局ロボも図書室の外へ出ることになった。


「ライラの荷物持ちが、丁度良いだろう。ライラも守れるし、一人にならない」


 レイの言葉に従って、副都の市場を歩くライラの後ろを歩く。前に歩いた時より人は少なめだが、夏が近づいて市場に出ている品物が多くなっている所為か、市場は歩き難いほど混み合っていた。古き国の女王としての赤いローブではなく、下働きの女性が着る簡素なワンピースとエプロンを身に着けた小柄なライラの背を、時折見失ってしまうほどだ。


「大丈夫、ロボ?」


 心底心配そうなライラの言葉に、何とか頷く。人混み二回目の身には、この雑踏は正直きつい。だがしかし、ライラには感情を知られないように、ロボはにっこりと笑ってみせた。


 と。


「これはこれは」


 聞きたくない声に、ライラを庇うように背中へ押しやる。何時王都から副都へ帰って来たのだろうか、ロボの目の前には、第三王子ジェイリの下卑た笑みがあった。


「久しぶりですね、ロボ」


 舐め回すような第三王子の視線に、怖くなって下を向く。


「何処に行っていたのですか。好い加減、こちらの陣営に来て貰いたいのですが」


 新しき国の騎士の服装をした第三王子のマントが青黒く染まっているような気がするのは、ロボの気のせいだと良いのだが。とにかく、ライラをここから逃がさなければ、ロボはライラを背に隠したまま、ゆっくりと第三王子の横をすり抜けようとした。だが。


「おや、そこにいるのは」


 不意に、第三王子の黒い手が、ロボの背後に伸びる。ロボがその腕を押さえるより早く、第三王子はロボの背後にいたライラの襟元を掴んで持ち上げていた。


「何処かで見たことがありますね。確か王都の王宮で……」


「ライラを放せ!」


 第三王子に向かって飛びかかったロボの身体は、第三王子の部下達によって羽交い締めにされる。騒ぎを聞きつけて野次馬がたくさん集まってきたが、事の主が第三王子だと知って皆遠巻きに眺めていた。


「古き国の女王で、新しき国の王の血を受けているそうで」


 そう言いながら、第三王子の手がライラの襟に掛かる。


「止めろっ!」


 ロボが叫ぶより早く、第三王子の手はライラのワンピースを上から下まで、下着込みで引き裂いていた。


「いやっ!」


 公衆の面前に晒された裸身を隠そうと、ライラが藻掻く。その華奢な腕を捻るように掴んだ第三王子の腕は、しかし横から割って入った確かな腕に邪魔された。


「いっ……」


「それでも騎士か!」


 久し振りに聞いたリールの声に、胸を撫で下ろす。第三王子の腕から逃れ、裸身を隠す為にしゃがみこんだライラの背中に脱いだマントを優しく掛けると、リールは第三王子の胸倉をぐっと掴んで自分の方へと引き寄せた。


「さあ言え! なぜ公衆の面前で乙女を辱めようとした!」


「彼女が、新しき国に害を為す、古き国の女王だからですよ」


 鬼気迫るリールに、それでもふてぶてしく自分の正当性を話す第三王子に、吐き気を覚える。しかしライラの肩にある獅子の痣を第三王子に見られたら終わりだ。ロボは何とか、第三王子の部下達の手を振り解こうと藻掻いた。


「その証拠は?」


 一方、リールは第三王子に掛けた手を少しだけ緩め、そして怒気を納める。


「この間、古き国の女王を名乗る白髪の少女が王の許を訪れたことは、第一王子から聞いて知っているでしょう」


 リールの様子に満足したのか、第三王子はリールの腕を振り解くと、リールのマントを身体に巻き付けて震えるライラから無情にもマントを取り払った。


「その少女の左肩には、獅子の痣が」


「獅子の痣? 何処にも無いが」


 リールの言葉に、はっとしてライラを見る。春の光を反射するライラの剥き出しの左肩は、滑らかに白く、信じられないことに獅子の痣など影も形も見当たらなかった。


「証拠も無く、無垢な少女を罪人呼ばわりしたのか?」


 第三王子から奪ったマントを再びライラに着せかけてから、リールは再び第三王子に詰め寄る。獅子の痣を見出せなかった第三王子は、端から見ても分かるほどに青ざめていた。


「これ以上乙女を辱めることは、私が許さぬ」


 強いリールの言葉に、第三王子はリールを、そしてロボとライラを睨み、舌打ちをする。そして人混みを掻き分けて、それでも堂々とした調子でロボ達の前から姿を消した。同時に、ロボを押さえつけていた第三王子の部下達も姿を消す。


「ざまあみやがれ!」


「見たか、あの悄気た面」


 人混みの間から罵声が響く。


「これで当分、あいつは副都を歩けないな」


 やっと解放されたロボの横で、リールがふっと笑った。


「大丈夫か?」


「はい」


 リールにそう答えてから、ライラは大丈夫かと首を動かす。リールのマントを身体に巻き付けたライラの顔は青ざめてはいたが、それでも、何処かほっとしているように見えた。


「しかしこれでは、歩いて帰るわけにもいかないだろう」


 そのライラを、リールがマントと一緒に抱き上げる。


「戦乙女騎士団の詰所まで送っていこう」

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