獅子と狼

「ライラ?」


 握ったはずの、ライラの手の感覚が、急に消える。振り向いた先にも、先程まで居た部屋の中にも、ライラの姿が見当たらない。何故? 何処へ行った? 戸惑いを心の奥底に押し込みながら、ロボ以外誰も居ない空間を、ロボはもう一度子細に見回した。しかし、ライラの姿は、無い。呆然と、ロボは薄暗い空間を見詰める他、無かった。


 と。


「誰だっ!」


 鋭い声と共に、細いがしっかりとした腕に後ろから羽交い締めにされる。その腕から逃れようとしても、何処を抑えられているのか、暴れても暴れても、その腕はびくともしなかった。そのロボの前に、大きな影が立ちはだかる。夕方の光に金色の髪が揺れるのが眩しくて、ロボは思わず目を細めた。


「見ない顔だな」


 先程逢った王の瞳に似た色の瞳が、ロボの鼻先に現れる。威圧感のある声は、聞き覚えがある。


「おそらく侵入者でしょう」


 次に聞こえてきた声に、ロボははっとして首を捻った。ロボを背後から羽交い締めにしていたのは、濃い色の髪に灰色の瞳をした小柄な青年。増えているような気がする左腕の傷が、黄昏の光で判別できる。新しき国の騎士の服を着ているが、彼は間違いなくラウドだ。何故、古き国の騎士であるラウドが新しき国の王宮に? 本人に訊きたくなるのを、ロボはかろうじて堪えた。


「どうしますか、陛下」


 羽交い締めにしているのがロボだと気付いているのかいないのか、あくまで冷静にラウドが目の前の人物に尋ねる。王と呼ばれたその人物は、ロボをもう一度上から下まで眺めると、後ろにいた中年の男性に顎をしゃくった。


「王都の外に捨ててこい」


 そしてもう一度ロボを見詰め、王は鋭い声を発した。


「今回は見逃してやる。とっとと去れ!」


 そう言って去って行く大柄な背中を、呆然と見詰める。そのロボの耳に、ラウドの小さな声が降ってきた。


「明日早朝、王都裏手」


「え」


 しかし振り向くより先に、ロボの身体は複数人の手によって縛り上げられる。それから、王都の外の叢に捨てられるまで、ロボは抵抗する余裕も、頭を動かす余裕すら、無かった。


〈な、何なんだ?〉


 何とか自力で縄を解き、痛む腕と脚をさすりながら、叢の中で息を吐く。ライラを助けなければいけない。だが、既に日は暮れ、王都の門は固く閉じられてしまっている。残された道は。


〈ラウドの言葉に、従うしかない〉


 不安が、胸を苛む。ロボは震えながら、王都の裏手に向かった。


 新しき国の王都の裏手は、深い堀と急峻な崖で侵入者から守られている。この場所を指定して、ラウドは何をするつもりなのだろう。星明かりすら無い暗闇の中で、ロボは泣きそうになるのを堪えながら、ひたすら、待った。


 そして、辺りが少しだけ明るくなる頃。


「ロボ!」


 明るい声に、浮腫んだ顔を上げる。次の瞬間、ライラが真っ直ぐ上から、ロボに向かって飛び込んできた。


「ラ、ライラ!」


 大慌てで、ライラの小柄な身体を抱き留める。おそらく何か魔法の力を使ったのであろう、尻餅をつくだけで、ロボは落下してきたライラを抱き留めることができた。


「大丈夫?」


「は、い」


 ライラの華奢な身体が、確かに、ロボの腕の中にある。気が抜けてしまい、ロボは思わず笑った。そして。


〈そうか〉


 不意に、心に落ちる。前にロボが隠里の近くで獅子王レーヴェに羽交い締めにされた時、ラウドが突き放すような態度を取ったのは、今回と同じようにロボを助ける為の、作戦だったのだ。その、ある意味冷徹としかいえないラウドの言動により、ロボの命は今この場所にある。そのことに思い至り、ロボは思わず天を仰いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る