騎士団長の慈悲

「何をしている!」


 聞き知った声に、はっと我に帰る。朝日が差し込み始めた空間に、馬に乗った騎士達の姿が映った。その先頭にいる人物を、ロボは知っている。リール騎士団長だ。


「今すぐ、私の部下から離れろ、ジェイリ」


 リールの言葉に、第三王子は忌々しげに唾を吐くと、しかし一瞬にしてその場から立ち消えた。


「大丈夫か、ロボ?」


 馬から降りて近づいてきたリールに、首だけ何とか動かして頷く。


「宛名の筆跡が、どうしても気になって」


 ロボの伯父とリールは、年齢差があるにも拘わらず良き知人として交流がある。手紙の筆跡がロボの伯父のものとは少し異なることに気付いたリールは、ロボの伯父を訪ね、ロボの伯父とその子供達から話を聞いた。その結果、ロボの従兄弟の一人が第三王子に唆され、ロボの伯父の印章と羊皮紙を使ってロボに手紙を書いたと白状した。


「それで、君を捜していたんだけど。……間に合って良かったよ」


 リールのその声を聞きつつ、そっとラウドの方へ近寄る。……苦しそうだが、息は、ある。ライラに診せることができれば、ライラの回復魔法ですぐに良くなるだろう。ロボはほっと息を吐いた。だが。


「何をする!」


 リールの部下達がラウドの身体を縄で縛り始めたのを見て、ロボは思わずラウドの横へ飛び込んだ。そのロボの腕を、リールが掴む。


「放してください! 騎士団長! その人は、ラウドは、俺の恩人なんです!」


 しかしリールは、悲しそうにロボを見て、首を横に振った。


「古き国の騎士を名乗る者は、縛り首にして晒す。それが決まりだ」


「そんな」


 確かにラウドは古き国の騎士で、古き国の騎士であることを示す赤色の上着を身に着けている。だが、ラウドは、……ロボの命の恩人だ。リールの腕を無理矢理振り解き、ロボは縛られて横たわるラウドの傍に膝をついた。先程よりすっかり青ざめたラウドの顔に、胸が詰まる。そして。


「助けることは、できないが」


 ロボの横で、リールが徐に腰の剣を抜き、地面に倒れているラウドの傍らに立つ。


「慈悲だ」


 ラウドの意外なほどに白い首筋に剣の切っ先を突きつけたリールに驚き、ロボは声にならない叫び声を上げてリールとラウドの間に割って入った。


「ダメっ! 止めてっ!」


 まだ微かに温かいラウドの身体にすがりつき、必死に叫ぶ。次の瞬間。吹く風の温度が変わり、ロボは思わず顔を上げた。


「え……」


 目に映る風景に、信じられない思いで目を擦る。ロボの周りにあったはずの橄欖と葡萄の木々は、草のまばらに生える荒野へと変わっていた。と。


「ラウド様!」


 甲高い声と共に、ロボの身体は思い切り良く突き飛ばされる。


「何でっ、こんな、酷い怪我」


 ロボを突き飛ばした華奢な人物がラウドの身体を縛っていた縄を切り、開いた傷口に両手を当てるのが、見えた。その掌から発せられる温かい光と共に、ラウドの腹にあった酷い傷口がみるみる塞がっていく。この、光は。……ライラのものと、同じなのか? ロボがそう、訝しんだ刹那。


「お前っ!」


 不意に、胸倉を強く掴まれる。ロボの目の前には、赤い上着と黒いマントを身に着けた大柄な、しかしまだ大人になりきっていない若者がいた。


「団長に何をした!」


 胸倉を強く掴まれたまま揺さぶられ、息ができない。


「止めろ、ネイト」


 ラウドの小さいが良く響く声に、何とか瞳だけを動かす。地面に仰向けに横たわるラウドが、ロボと若者の方を向いて不敵な笑みを浮かべているのが、見えた。


「はい」


 ネイトと呼ばれた若者が、不承不承の顔でロボから手を放す。その若者に、ラウドは再び不敵な笑みを浮かべた。


「そいつは、お前と同じ古き国の見習い騎士だ、ネイト。……未来の、な」


 ラウドの言葉に、ネイトが目を丸くするのが、見える


「古き国の存在意義は何だ、ネイト?」


「は、はい」


 唐突なラウドの問いに、若者は鯱張ったような声で答えた。


「女王を守り、『悪しきモノ』から人々を守ることです」


「そうだ」


 その目的を果たす為なら、着ている服の色など、関係無い。ラウドの言葉に、ロボははっとしてラウドを見た。これまで、ラウドを、古き国の騎士を『恩人』とすることに、心の何処かで抵抗があった。だが、古き国の騎士だろうと新しき国の騎士だろうと、ラウドはロボを救ってくれた恩人に他ならない。それは、確かだ。


「我々は、その為にいるのだ」


 ラウドの言葉が、胸にすとんと落ちる。ネイトと呼ばれた若者の方も腑に落ちたように、それでもロボをもう一度不審の目で見つめ、そして頷いた。


 いつの間にか、ラウドの周りに二、三人の、古き国の騎士の制服を着た人々が集まっている。


「大丈夫ですか」


 弓を持った若者がラウドの傍に片膝をついたのが、見えた。


「これは……、しばらく動かさない方が良いですね」


「しかしこの場所では、新しき国の騎士達に見つかったら厄介だ」


 その若者の言葉に答えたのは、魔法使いのローブに身を包んだ青年だった。


「担架を作る。君とネイトで運べ」


「はいはい」


 彼らの、何処か明るい雰囲気に、前に森の中で見た光景を思い出す。彼らの敵は、多い。古き国の騎士として『悪しきモノ』や新しき国の騎士達と戦わなければならないという過酷な運命を担っているにも拘わらず、彼らは何故こんなにも明るいのだろうか? ロボにはやはり、分からなかった。

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