母は、無事

 その日の夕方。


 留め金を持ったまま去って行ったラウドを待っていたロボの許に、苦い顔をしたレイが現れた。


「ここから出したくはないが」


 そう言いながら、レイが差し出したのは、細長い布。


「これで目隠しをして」


 レイの言葉に頷いて、布を手にする。先にこの廃城からリールの許へ帰された時も、王都から副都に辿り着き、廃城の図書室に閉じ込められる際も、副都の入り口から図書室まで目隠しをさせられた。痛みに呻きながらも目を覚ましていたルージャはレイのこの行動に呆れていた。その事を思い出し、ロボは少しだけ笑った。できれば、まだ足が腫れていて起き上がれないとライラが言っていたルージャのお見舞いにも行きたい。行って、色々お礼を言わなければ。……今は、まだ、叶わないが。そんなことを考えながら、レイに手を引かれ、寒々とした湿った空間を歩く。長い階段を躓きながら上がると、不意に明るい場所へ出た。


「もう良いかな」


 レイの言葉に、目隠しを取る。視界に入ってきたのは、見たことのある場所だった。ここは、前にルージャに連れて来られた、副都の隅にある戦乙女騎士団の詰所、だ。


「こっちだ」


 レイに引きずられるように、奥の、騎士団長の執務室に連れて行かれる。そこにいたのは。


「は、母者!」


 思わず叫んで、母に走り寄る。大柄な家令に守られるようにして、母は騎士団長用の椅子にちょこんと座っていた。


「何故、ここに……」


 ロボの問いに、母は普段通りの笑顔を向ける。


「助けに来てくれた人が、いたの」


 ロボが書いたという偽物の手紙で第三王子の屋敷まで呼び出され、地下牢に閉じ込められた母だったが、地下牢の床が突然開き、そこから現れた濃い色の髪の小柄な青年に導かれるようにして牢を脱出したという。


「その、青年は?」


 レイの問いに、母は首を横に振る。母を助けた青年は、母をこの詰所の前まで連れて行き、中にいた家令に母を託すと煙のように消えてしまったそうだ。


「おそらくラウドだろうな」


 苦い顔でレイが口にした人物の名に、ロボは思わず笑った。


 そして。


「しばらく、母に預かって貰うか」


 しばらくの間腕を組んで考えていたレイが、小さく呟く。戦乙女騎士団の前の団長であったレイの母は、その身に持つ獅子の痣が故に副都の太守の妻となり、今は太守の館の離れで静かに暮らしている。レイの母の許、王も一目置いているという副都の太守の庇護下ならば、第三王子も手が出せないだろう。承諾の印に、ロボはレイに頷いて見せた。


 そして。


「そうそう」


 不意にロボの母が、ロボの手に何かを乗せる。


「これを返しておいて欲しいって」


 ロボの手の中にあったのは、確かに、恩人が持っていた椿の留め金、だった。

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