ラウドだけが責められる

「やっと気が付いたの、ラウドさん」


 窶れてはいたが明らかにほっとした表情で図書室に現れたライラに、胸を撫で下ろす。廃城の地下に運ばれたラウドは、ライラの懸命な看病にも拘わらず三日間も眠ったままだった。ラウドが命を落とさなかったので、ライラも、この時代に生きている。歴史は変わらなかったのだ。そのことに、ロボは心からほっとしていた。自分の所為で、大切な人が消えてしまうなんてことは、二度と経験したくない。しかしながら。……一時的にせよライラが消えてしまったのは、ロボの所為。ロボが第三王子に古き国の隠里の一つを教えたから、ライラを裏切ったから、ライラはこの世界から消えかけたのだ。その事実が、ロボの心をずっと責め立てていた。


「ルージャも、熱が下がったし」


「それは、良かったね」


 何も言えず、ただライラの白金色の髪を見詰めることしかできないロボの代理とでも言うように、定位置である部屋の奥の大きな椅子に座っている、図書室の主であるリヒトがにっこりと笑う。リヒトは、ロボの裏切り行為を知っても、ロボを責めなかった。


「僕は、『事実を悟る者』だから」


 ライラが消えたことも、再び現れたことも、リヒトは本の中に書かれてあることのように知っていた。そして。


「君よりも、怒らないといけない人がいる」


 ロボが裏切り行為を告白した時、リヒトははっきりとそう言った。


 その言葉の意味を、ロボが知ったのは。


「ロボ、いるか?」


 数日後、倒れた時の蒼白な表情などはけろりと忘れた感のあるラウドが、明るい声と共に図書室に入ってくる。


「ラウド」


 そのラウドを、ロボより先にリヒトの鋭角な声が出迎えた。


「女王が居なくなったらどうするつもりだったんだ!」


 全く前置きなく、リヒトがラウドの前に立ちはだかる。常に無いリヒトの行動に、傍らのロボは座っていた椅子から飛び上がるほど驚いた。


「自分の立場を、わきまえろ」


「わきまえろ、って」


 ラウドをきつく睨むリヒトを見詰めてから、ラウドがゆっくりと口を開く。


「隠里の人々を見殺しにすべきだった。そう言いたいのか、リヒト」


「そうだ」


 リヒトの声はあくまで平静。だからこそ、リヒトの肯定に、ロボの背筋は震えた。


「恩人達を放っておけと言うのか?」


 一方、ラウドの声は明らかに怒りに満ちていた。だが。


「彼らも、俺達と同じだ。古き国の為に命をかけて働いているんだぞ」


「優先順位を決めないといけない時もある」


 古き国には、何よりも、女王が必要だ。リヒトの言葉に、ラウドが黙る。


「それも、そうだが」


 ラウドはふっと息を吐くと、俯いて傍らの椅子に腰を下ろした。


「ちゃんと考えてくださいね」


 憔悴するラウドに、自分の定位置に戻るリヒトが追い打ちを掛ける。


「自分が間違っている可能性がある、と」


「……はい」


 息を吐くように、そう返事をすると、ラウドはリヒトの小さい背中を見、そして左手で濃い色の髪を掻き上げた。ラウドの左こめかみに古い傷が有るのが、肩に掛かる長い髪の間から見える。


「ああ、これ」


 ロボがラウドを見ているのに気付いたらしく、ラウドは事も無げに言った。


「昔、大怪我した時の傷。母が大泣きしたやつ」


 母。ラウドの発した単語に、心が騒ぐ。母を、第三王子の魔の手から、救わなければ。しかしロボはこの図書室から出ることすらできない。


「図書室を出たら、首を刎ねる」


 ラウドやルージャと共に廃城に戻った時に、レイは強い声でそう言った。ロボが言わずとも、レイはロボの裏切り行為を知っていた。だからこその、レイの言葉。自分の行為を、レイは絶対に許さないだろう。そう思ったから、ロボはずっとこの図書室で、焦燥を胸に抱えて大人しくしている他、無かった。


「……そうだ」


 不意に、ラウドがリヒトに言う。


「地図を見せて欲しい。俺の時代のと、今の分。副都周辺だけで構わない」


「良いよ。それくらいなら」


 すぐに、ラウドの膝に二枚の巻紙が降ってくる。その紙を、ラウドは丁寧にテーブルの上に広げた。


「ロボの家は、何処にある?」


 新しい方の地図を示しながら、ラウドが尋ねる。何故そんなことを聞くのだろう? 訝しみながらも、ロボは副都の北方、第三王子の領地の北側を指差した。


「俺の時代だと、荒れ地だったところか」


 そう言いながら、今度はラウドは、古い地図と新しい地図を重ね合わせた。


「第三王子の領地は、鹿の辺境伯の領土とほぼ重なっているのか」


 辺境伯の息子である幼馴染みと遊んだことを、思い出すな。地図を指で差しながら、そう言ってラウドが笑う。


「第三王子が使っている屋敷は、鹿の辺境伯が建てた物を、内装を豪華にしてそのまま使っている」


 ラウドの言葉に、リヒトが遠くから呟いた。


「なるほどね」


 そのリヒトの言葉を聞いたラウドが、にやりと笑う。そして。


「リヒト、留め金を貸してくれ」


「ロボに借りたら」


 突然のリヒトの言葉に、顔が強ばる。第三王子の屋敷から出る隠し通路の出口の扉を開ける為に、ライラから貰った留め金を隠里の若者に渡してしまったので、ロボが今持っている留め金は、小さい頃に助けてくれた恩人が落としていったものだけ。恩人の証拠である留め金を手放すのは、紛失のことを考えると正直怖い。ロボはポケットから留め金を取り出したが、右手に握ったままラウドに渡しあぐねていた。


「大丈夫。無くさないから」


 そのロボの思いが分かったのか、ラウドがにっこりと笑う。


「ロボが大切にしているものも、絶対に」


 揺るぎないその言葉に、ロボはこくんと頷くと、ラウドに恩人の留め金を渡した。

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