留め金で、脱出する

「ついでに、そのあたりの凹みに、留め金を置いてくれないか」


 ラウドの指示にぽかんとしながらも、石床の酷く凹んでいる部分に留め金を差す。次の瞬間、動かないはずの床が少しだけ浮いたような感覚が、腰から背中へと上がってきた。


「あ、やっぱり」


 戸惑いつつも顔を上げると、不敵な笑みを浮かべたラウドと目が合う。


「ここは昔、古き国の辺境伯が建てた館だから、この仕掛けがあると思ってたんだ」


 古き国の騎士や辺境伯が守っていた城や館の地下には、緊急時に外へ脱出する為の隠し通路が必ず作られている。女王から受け取る椿の留め金は、その通路を開ける為の鍵の役割も果たしている。ラウド自身の留め金は隠里が襲われた時に落としてしまっている上に、ラウドがこっそり抜け出して他の牢で聞いて回っても誰も留め金を持っていなかったので、ロボが現れるまで、隠里の人々全員を助ける術は思いついても実行することができなかった。ありがとう。助かったよ。ラウドは再びロボに向かって笑いかけると、再び扉の鍵を外して廊下の松明を掠め取るなり少しだけ浮き上がった床を一気に押し上げた。


「空気は、……大丈夫そうだな」


 現れた、地面を掘っただけの深い空間を松明の光で眺めて、ラウドがほっと息を吐く。


「降りるのが、難しいか」


 そう言いながら、ラウドは抜け道の床に松明を投げてから身軽に空間に飛び降り、ロボを手招きした。


 続いて、ロボも、床に手を掛けてぶら下がるようにして抜け道へ降りる。ロボが降りた時には既に、ラウドは松明を片手に抜け道の壁と天井を調べ、ロボから受け取った留め金を不自然な天井の空隙に差し込んでいた。


 僅かな埃が、松明に映る。


「済みません、全員ここから降りれますか?」


 小さいが良く通る声で、上にある地下牢に閉じ込められている人々にラウドが声を掛けているのが、聞こえてきた。


「怪我をしている人が居たら、言ってください」


 そう、声を掛けてから、時間が無いというように忙しく、ラウドは次の間隙へ留め金を背伸びして差し込む。たちまちにして、抜け道は人いきれで一杯になった。


「とにかく、ここを離れましょう」


 人々の中の、長老らしき老年の人間に、ラウドが声を掛けているのが見える。


「地下牢に取り残された者が居ないように、人数を把握して頂けませんか」


「そうしよう」


「あと、何人か若い人を出口の方に派遣してください。留め金で開けられるとしても、出口が安全であるとは限らないし、レイに連絡しなければ」


「そうだな」


 てきぱきと指示を出すラウドを、ロボはただ呆然と見詰めていた。


 意外なほどに整然と、囚われていた人々が地下牢を脱する。その人々の最後尾から少し離れて、ロボは松明を持ったまま付いて行った。


「疲れているか、ロボ?」


 ふと、声を掛けられて、横を見る。先程まで群衆の前の方に居たはずのラウドが、ロボの横を歩いていた。


「とりあえず、安全に脱出できそうだ」


 脱出路の出口は人里離れた深い森の中にあり、全員が普通に脱出しても問題は無い。ルージャの怪我の件もあってレイは王都に居るそうだから、すぐに連絡が付くだろう。隠里の住人の人数が多いから、彼らが再び身を隠す場所を捜すことだけが問題だな。そう話すラウドの口調に違和感を覚え、ロボはラウドの顔を見上げた。


「どうした?」


 ロボも勿論疲れているが、ラウドも疲れた青白い顔をしている。松明を持っていない手で掴んだラウドの手は、汗ばんでいて熱かった。


「大丈夫」


 そのロボに向かってラウドが微笑む。『悪しきモノ』に取り憑かれて、体力を奪われただけだから。そう言いながら、ラウドの身体は横に傾ぎ、ずるずると壁を伝うように床へと倒れ込んだ。

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