第三王子の冷酷
「ロボ、隠れて!」
何かを察知したらしいラウドが、松明の火を踏んで消す。そして、ラウドはロボの身体を牢の奥の暗がりへと押しつけると、小さく呪文を唱えた。
「これで身動きはできないはずだが、動くなよ。できれば息もするな」
無茶な。ラウドの言葉に抵抗するように身体を動かす。だが、鍵の開け閉めの呪文を応用したのか、ロボの身体は暗がりから一寸たりとも動くことができなくなっていた。
当惑するロボの様子に少しだけ笑ったラウドが、不意に石床に俯せに寝そべる。すぐに、鍵の開く音と共に、二、三人の影が牢の中に入ってくるのが見えた。
「こいつか」
聞こえてきた声に、身震いする。影の一つは、第三王子だ。ロボがそう認識するより先に、第三王子らしき影がラウドの小柄な身体を蹴るのが見えた。
「服を脱がせろ」
呻いて身を捩るラウドを冷たい目で見下ろしてから、第三王子が傍らの部下らしき影にそう命ずる。部下達はラウドの上半身を起こし、薄汚れた茜色の上着の釦を引き裂くように外し、その下に着ていたチュニックの襟元を大きく引き裂いた。
「……確かに、有るな」
抵抗しないラウドの、顕わにされた左肩に松明を近づけた第三王子が、薄く笑う。ラウドの『獅子の痣』を確かめるために、第三王子はここに来たのだ。ラウドを自分の駒として使う為に。嫌悪感でロボが舌打ちするより早く、第三王子の背からどす黒い靄のような闇が飛び出し、ラウドの身体を包んだ。
「こいつだけは処刑するな」
満足の笑みを浮かべたまま、第三王子が牢を去る。静かになった牢内に、ラウドの苦しそうな呻き声が響いた。
「ラウド!」
思わず、叫ぶ。だがロボの口からは何も出て来なかった。身動きすらできないので、ラウドを助ける術は無い。それでも何とかしないと。ロボは何とか動こうとした。
どのくらい、不安な呻き声が聞こえていただろうか。不意に、ラウドが押し黙り、左腕を壁に叩き付ける。
「ラウド!」
驚くロボの目の前で、ラウドは壁で自分の左腕を引っ掻き、できた傷口を噛んで広げると、身体に纏わり付く靄にその血を叩き付けた。
「な、何なんだ、あいつは……」
荒い息づかいのまま、ラウドが這うようにしてロボの方へやってくる。
「完全に『悪しきモノ』に魅入られて、それであそこまで正気だとは」
ロボに施した封印を外しながら、ラウドは何時になく激しい口調で毒づいた。
体力を過消費していて完全に祓い切れていないのか、ラウドに取り憑いた『悪しきモノ』がまだ、ラウドの身体にふわふわと残っているのが見える。確かロボの血でも、『悪しきモノ』を祓うことができるはずだ。マントの下に隠していた椿の留め金で左手に傷を付けると、ロボは肩で息をしているラウドの身体に纏わり付く黒い靄に左手を当てた。
「ありがとう」
ロボの行為にラウドがにこりと笑う。そしてラウドは少し震える手で、ロボの留め金を握ったままの右手を掴んだ。
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