騎士の考え

 第三王子が王都での宿泊場所にしているのは、王都郊外にある古いが石造りの立派な館。そのことを、ロボは第一王子から教わって知っていた。その館に、ロボは誰にも咎められずに侵入した。


 第三王子が捕らえた、古き国を騙る山賊達が囚われているのは地下牢だという仄聞を頼りに、暗い通路を抜けて地下へと降りる。湿った感じのする地下は、微かな呻き声と物音に満ちていた。あの隠里に居た人々を皆、第三王子はこの地下の牢獄に閉じ込めているらしい。石造りの壁に微かに響く子供の泣き声に、ロボは胸が痛くなるのを感じた。ここに閉じ込められている人々を全て、第三王子は見せしめの為に処刑すると、外に居た騎士達が言っていた。その騎士達が絞首刑の準備をさせていた外の広場の風景が、脳裏を過ぎる。ロボはせわしなく首を横に振ると、上の方の一部だけが鉄格子になっている扉の格子部分から牢の中を覗き込む為に背伸びの姿勢のまま、足音を立てないようにゆっくりと、冷たい廊下を奥の方へと進んでいった。幸いなことに、第三王子の部下達は皆、宴会に出ているか明日の準備をしているかのどちらかであるようだ。上の方から聞こえてくる、微かな明るいざわめきを耳にしながら、ロボは誰にも咎められることなく、廊下を進んだ。……いた。地下の一番奥の小さな牢に、ラウドは他の者達から離れて独り閉じ込められていた。


「ラウド」


 背伸びのまま、鉄格子の向こうへ声を掛ける。


「ロボ?」


 すぐに、囚われる時に殴られたらしく少し腫れた顔が、鉄格子のすぐ側に現れた。


「どうしてここに? 何も無いなら早くここを立ち去った方が良い。第三王子が来るかもしれない」


 驚きと懸念が混ざり合ったラウドの言葉に、ふっと身体の力が抜ける。ずるずると床に落ちていく身体を、ロボは両手で鉄格子を掴むことで何とか支えた。


「ロボ?」


「ラウド……」


 後悔の念が、胸を締め付ける。しかし、言った言葉も、行われた行為も、今となっては取り返しがつかない。言動と行為を挽回する術も、見つからない。これだけ大量の人々を全員、誰にも見つからずにこの地下牢から脱出させることは、不可能だ。鉄格子を掴み腰を床に落とした状態で、ロボはぶるぶると震えることしかできなかった。


 と。ロボの身体が、急に後ろに押しやられる。扉に押されたのだ。それをロボが認識するより早く、ロボの肩を温かい手が叩いた。


「大丈夫か?」


 信じられない思いで、横を向く。ロボの傍には、確かに、ラウドの小柄な身体があった。


「ラ、ウド、さん?」


 戸惑う声を出したロボに、ラウドが声を押さえつけるように笑う。


「とにかく、誰かに見つかったら計画がおじゃんだから」


 口角を上げたまま、ラウドは廊下にあった松明と共にロボを牢の中に入れ、右手で鍵に少し触れる。すぐに、鍵の掛かる音が、冷たく湿った牢内に小さく響いた。


「俺が使える三つの魔法の一つ、鍵の開け閉め」


 ラウドはあっさりと種を明かすと、冷たい石床に座り込んだロボの隣に、身体をくっつけるように座った。


「何故、泣く?」


 単刀直入なラウドの質問に、唇が震える。


「お、お母さんが、第三王子に、捕まって、それで……」


「分かった」


 もう何も言わなくて良い。ロボの背中を優しく撫でるラウドの言葉に、気持ちがすっと落ち着くのを感じた。


「大丈夫だ。君はお母さんのことだけ考えればいい」


「でも」


 落ち着くと同時にロボの脳裏に浮かんだのは、ラウドに対する疑問と、ライラのこと。


「何故、逃げない?」


 心に浮かんだままに、口を開く。ラウドの鍵開けの魔法と、身体能力があれば、ここから逃げるのは簡単だ。それを、ラウドは何故しないのだろうか?


「怪我を、してるのか」


「いや。少々の怪我なら、自分の回復魔法で何とかなる」


 ロボの疑問に、ラウドは例の不敵な笑みを浮かべて首を横に振った。


「それとも鍵が」


「さっき開けてただろ」


「では、何故?」


 首を傾げたロボに、ラウドは笑みを浮かべたまま、静かに答えた。


「隠里の人たち全員を助ける方法を、考えていた」


 ラウドの言葉に、絶句する。確かに、ラウド一人助かれば、ライラもこの世界に戻ってくる。しかし、それではダメなのだ。思わず見上げたラウドの顔は、腫れてはいてもどこか頼もしげに見えた。


「ま、ロボのおかげで方策も浮かんだことだし……」


 ラウドが、ロボを見て再び不敵な笑みを浮かべる。


「留め金は、持ってるな」


「はい」


 首を傾げつつも、ロボはライラから貰った方の椿の留め金をポケットから取り出し、ラウドに見せた。


「良かった。俺の留め金は、暴れた時にどっかに落としてしまって……」


 そう言いながら、左こめかみに手を当てて頭を掻いたラウドの手が、不意に止まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る