後悔を消すために
だが。
第三王子が視界から消えてすぐに、後悔が、ロボを襲う。自分は、ラウドやルージャを、そしてライラを、裏切ってしまった。いやいや、すぐに、首を横に振る。ラウドにも、古き国にも、得体の知れないところが多過ぎる。王が病に伏すよう仕向けていること、人々の首を残酷に刎ね、殺していること。その二つは、事実なのだ。……ライラが、王を呪っているとは、考えたくもないが。そして『悪しきモノ』のことも。『悪しきモノ』のことなど、これまで十四年生きていて耳にしたことすら無い。新しき国では『悪しきモノ』は放っておくよういわれているらしい。ラウドはそう言っていたが、怪しいものだ。ロボがレーヴェに囚われた時の、突き放したラウドの声も、ロボの心に凝りとして残っている。しかしながら。古き国の騎士と女王のことをどう悪く考えても、結論は必ず同じ所に辿り着く。第三王子に隠里のことを教えたのは、卑劣な行為だと。古き国の女王であるライラのことは告げ口していないとはいえ、古き国の為に働いている隠里の一つを言ってしまったのだから、卑劣な裏切り行為をロボがしたことは、明らか。
だから。人が居ない夕方近くの刻限を見計らい、第一王子の屋敷をそっと出る。ロボを苛めていた従兄弟達に見つからないよう、小さく目立たないように行動することには昔から慣れている。だから、誰にも見咎められることなく、ロボは隠里まで辿り着くことができた。
「なっ……」
木々の間から目に飛び込んできた惨状に、絶句する。幾つか有ったように見えた廃屋のような小屋は全て焼き払われ、消えかけた煙だけが薄く棚引いている。踏み固められた地面に、遺体が一つも見えないことだけが、救いだった。
「誰か……」
小さな声で叫びながら、隠里の中心部だったであろう場所に立つ。風に乗って微かな呻き声が聞こえてきた気がして、ロボは目を瞑り耳を欹てた。聞こえる。隠里の、奥の方だ。ロボが声の方へ足を向けるより早く。
「ロボ! 何故ここに!」
甲高いレイの声が、耳を叩く。
「う、呻き声」
それだけ言うと、ロボは行こうとしていた方向を指差した。レイにも、助けを呼ぶ声が聞こえたのであろう、一足で、空間の外れに立っていた、そこだけ焼けていない煉瓦造りの背の低い倉庫の前に立つ。小さな倉庫に似合わない頑丈そうな扉を、椿の留め金を使って開けると、まだ小さい赤ん坊を抱えたルージャが、半地下の冷たい床に転がって呻いているのが見えた。
「新しき国の騎士達に、みんな、連れて行かれた」
レイとロボを見たルージャが、赤ん坊をレイに渡しながら、呻くように言う。
「多分、ラウドも」
新しき国の騎士達が隠里を襲撃してきた時、ラウドはとっさに足を骨折して動けないルージャと隠里で一番小さい赤ん坊を両腕に引っ掴み、この倉庫に閉じ込め、鍵を掛けた。ラウドが新しき国の騎士達に捕らわれることなく、ラウド自身の時代に帰っていれば良いけど。そう言って、ルージャは気を失った。
「とにかく、ルージャを術士に見せなければ」
そのルージャの、足の怪我の具合を確かめながら、レイが呟く。
「女王がいれば、すぐに治してくださるのだが」
そのレイの言葉に、ロボはすぐに違和感を覚えた。古き国の女王なら、副都にライラがいるではないか。
「副都に、ライラが……」
「ライラ?」
ロボの言葉に、レイが首を傾げる。
「誰だ?」
次のレイの言葉に、ロボの全身は一瞬にして凍った。ライラの曾祖父がラウドであることは聞いている。ライラの祖母あるいは祖父が生まれる前に、ラウドが命を落としたとしたら、勿論、ライラは生まれない。
くるりと、レイに背を向ける。
「何処へ行く、ロボ!」
レイの声が、遠くに聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。