第三王子に捕まる

 それから、しばらく経った、ある日。


 第一王子のお使いで王都内を歩いていたロボの目の前にいきなり、逢いたくない奴が現れる。第三王子だ。逃げなくては。その考えがロボの身体を動かすより先に、ロボの周囲は白い服の大柄な男達に囲まれてしまった。


「久し振りですね」


 やけに馴れ馴れしい第三王子に、胸がむかむかする。ここは、昔従兄弟達に苛められそうな時によくやっていたようにこいつの向こう脛を蹴りつけて逃げるしか。そう決心して構えたロボの胸倉を、第三王子は無造作な動作で掴んで引き寄せた。


「古き国の騎士達と、一緒に居るところを見ました」


 薄気味悪い声で発せられた、思いがけない言葉が、ロボを狼狽させる。鼻先にある第三王子の暗い瞳は、その声と同じように薄気味悪く感じられた。


「み、見間違え、だろう」


 落ち着いて。誰かの声が聞こえた気がする。ロボは何とか、第三王子から目を反らし、それだけ答えた。


「そうですか」


 第三王子の腕を何とか振り解こうと、藻掻く。だが、その白い腕の何処にそんな力があるのか、どう足掻いても胸倉の腕は振り解けない。ロボの抵抗を嘲笑っているのであろう、周りにいる第三王子の部下達の野卑た顔も、ロボをますます苛つかせた。


 それでも、リールに習った通りの方法で、何とか第三王子の腕を振り解く。そしてそのまま人垣をすり抜けようとしたロボの耳に、第三王子の残酷な言葉が響いた。


「良いのですか、母親がどうなっても」


 信じられない言葉に、足が止まる。まさか、母を、……捕らえたというのか?


「君の母親は、私の館に逗留して貰っていますよ」


「嘘だ」


 ロボは何とかそれだけ、口にした。だが。


「これでも、信じませんか」


 第三王子が上着のポケットから取り出した、赤く光る小さな留め金に、全身が震える。その留め金は、前の秋の母の誕生日に、ロボが作って母に渡した物と寸分違わなかった。ただの子供の手作りであるにも拘わらず、母はロボが贈った留め金を宝石のように大切にし、ショールを留めるのに使っていた。その留め金が、第三王子の手にあるということは。第三王子の言っていることは、本当のことなのだろう。ロボは唇を噛んだ。第三王子とロボの家の領地は隣り合っている。結婚せずに家の内外を差配する母のことを疎ましく思っている者も居る。母を捕らえることは、王家の権威を振り回さずとも簡単にできることだろう。


 突然のことに動けないロボの胸倉を、第三王子がもう一度掴み直す。


「勿論、我々も騎士の端くれですからね。ご婦人に手荒な真似はしたくない。ですが。……我が父を弑さんとする古き国の味方をする人の母親なら」


 第三王子の言わんとすることが分かり、再びぐっと唇を噛む。母を殺されたくなければ、ロボが知っている古き国のことを教えろと、第三王子は言っているのだ。しかし、ロボが知っている「古き国についての情報」は、あまり多くない。隠里のことと、ラウドやルージャやリヒトやレイのこと。そして、……ライラのこと。ラウド達が『悪しきモノ』と呼ぶ黒い靄のことも、古き国の呪いと王の病との関連も、今のロボにはその善悪は判断できない。だが、ライラだけは、裏切るわけには、いかない。それだけは、分かる。だから。


「……王都の近くに、古き国の騎士達の隠里がある」


 ラウドが怪我をしたルージャを連れて行った、森の中の小さな集落の場所を、ロボは小さく、口にした。

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