騎士の弁明 1

「この辺りの隠里は、王都の近くに一つだけだ。そこまで運ぶ」


 小柄な背中に、同じくらいの体格のルージャを軽々と背負い、森の中の道無き道をラウドが歩く。そのラウドの後ろを、ロボは黙って歩いた。ラウドの背中を見失わないよう、足下の石や木の根に躓かないよう、注意することは忘れていないが、それでも、普段より歩き易く感じるのは、ラウドがロボの足取りに合わせて歩いているからだろうか。気になっている、第三王子の部下達からの襲撃も無く、第三王子の領地はいつの間にかロボの背後遠くになっている。ほっとすると同時に、ラウドの気遣いを昨日の少年に重ね合わせ、ロボはいたたまれなくなって下を向いた。


「あの、ラウド、さん。……ごめんなさい」


 だから。小さな声で、ラウドの背中に謝る。


「今の俺に謝っても仕方無いと思うが」


 ラウドは振り向いてにこりと笑うと、前を向いて歩きながら言った。


「とにかく、誤解だけは解いておこうか」


 代々の古き国の女王は、どんな大怪我もたちどころに治す力と同時に『呪いの力』と呼ばれるものを持っている。それは、確かだ。歩きながらのラウドの言葉に、ロボは背筋が震えるのを感じた。『古き国の女王が、新しき国を滅ぼす』という、新しき国が古き国を滅ぼす理由となった予言も、新しき国が古き国から独立する理由となった古き国の女王ラヴィニスが発した『呪い』である。


「だが、少なくとも、歴史書における古き国の最後の女王であるリュスと、今の女王であるライラは、『呪いの力』を使っていない」


 そう言うラウドの言葉には、全く澱みがなかった。


「ライラも、『人を消す力』を持っているんだ」


 そのラウドの背中で、ルージャが掠れた声を出す。


「ライラ自身は、その力を忌み嫌っているけどな」


「リュスも、自分の『滅びの力』を嫌っていた」


 再び、ラウドの声が生き物の気配が無い空間に響く。


「でも、古き国を新しき国から守る為に、リュスは呪いの力を使おうとしていた」


「使ったの?」


 ロボの問いに、ラウドが首を横に振るのが見えた。


「俺が止めた。……使っても無駄だと」


 ラウドの言葉の、微かな悲痛の響きに、心が震える。


「呪いの力を使っても、古き国は滅びてしまい、リュスは殺されてしまうことが、分かっていたから」


 ラウドの『飛ぶ』能力が故に、ラウドも女王リュスも古き国の末路については痛いほど知っていた。それに。


「古き国の女王の呪いで、統一の獅子王レーヴェの叔父、すなわち新しき国の王弟が亡くなったことは、何処かで聞いているだろう」


 ラウドの質問に、頷く。


「何故新しき国の『王の弟』が亡くなったのか。……彼が、身代わりになったんだ。王に対して放たれた呪いを躱す為の」


 続いて発せられたラウドの言葉に、別の意味で背中が寒くなるのを感じた。


 女王リュスが新しき国に呪いを向けても、身代わりを立てられて王以外の者が亡くなるのでは、古き国と女王リュスにとっては汚点が増えるだけ。利点など、何処にも無い。しかも、王を呪ったリュスの母は、呪いの重さに発狂して城から飛び降り、亡くなっている。自らの命を差し出してまで人を呪う理由が、何処に有るだろうか? それを身に染みて感じた女王リュスは、かつての女王達が放った呪いをできる限り全て解いた。古き国と新しき国が分裂する理由となった女王ラヴィニスが放った『古き国の女王が新しき国を滅ぼす』という呪いだけは、強力過ぎてどうしても解くことができなかったが。


「戦争だから、汚くても、勝てば良いのさ」


 あくまで冷静に、ラウドは言葉を紡ぐ。


「でも命を差し出しても勝てないのなら、汚名を着てどうする?」


 ラウドの言葉に、ロボは今度は納得してこくんと頷いた。


「まあ、古き国が滅びる件については、こいつのおかげで歴史が狂ったというか」


 不意に、ラウドが背中のルージャを揺する。


「リヒトが持っている歴史書では、女王リュスは統一の獅子王レーヴェに殺されたことになっているが、実際は、リュスは廃城の地下に隠れただけだし。……半分くらいこいつの所為で」


「んなことまでロボに説明するなよ」


 少し砕けた感のあるラウドの言葉に、ルージャが苛ついた声を発し、そして少しだけ呻いた。


「痛み止めが要るか?」


「要らねぇ」


「苦いからか?」


「それもあるけど、……って、そうじゃなくて」


 ルージャの返答に、ロボは思わず吹き出してしまう。


「ま、飲んでおけ」


 そう言いながら、ラウドは器用な手つきで腰のベルトに配したポーチの一つから薬草を取り出し、背負ったままのルージャの口に突っ込んだ。


「ここで『悪しきモノ』が出たら、放り投げないと戦えない」


 ラウドがそう言った、まさにその刹那。左腕に何かが絡み付いた気配がして、思わず腕を振る。ロボの左腕に絡み付いていたのは、靄のような細長いもの。その色は、友人の背中に漂っていた靄と同じだった。

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