王都へと向かう道で 1

 次の日。ロボはただ一人で王都へと向かった。


「本当は、誰かと一緒に行くべきなのだろうが」


 王都と副都を結ぶ主要な道であるにも拘わらず何故か人通りの少ない街道を歩くロボの脳裏に、心から済まなそうに思っているリールの顔が浮かぶ。王都へ騎士を集める命令は、訓練所へも来ている。リールの手元で使える騎士も少なくなっているようだ。それに、ロボが王都へ行く事情が事情である。ロボの痣のことも、第三王子のことも、誰にも話すに話せない。


「とにかく、街道を外れないように」


 他人の目があるところで襲うようなバカな真似は、幾ら第三王子でもしないだろう。リールの言葉は、しかし安易に裏切られた。


 副都を出てから三日目の昼過ぎ。第三王子の領地から出るか出ないかの、街道沿いの木々が殊更鬱蒼と茂る場所から、大柄な影がにゅっとロボの前に立つ。


「あ」


 ロボが叫ぶより早く、影はロボの小柄な身体を森の方へと突き飛ばした。


 尻餅をついて呻くロボの前に立ったのは、股覆いが見えるほど短い白の上着の上に手入れをしていない汚れた板金鎧を身に着けた二人の大男。大男の下卑た笑いも、彼らの後ろにある、背負われたような影の暗さも、ロボの全身を震わせるのに十分だった。


「こいつか?」


「の、はずだが」


 ロボを見る、二つの大きな目が、ぐっと近づいてくる。逃げようと腰を浮かせる前に、大男の一人がロボの足を強く掴んだ。次の瞬間。


「ぐっ……」


 ロボの足を掴んだ大男が、唸って地面に倒れ込む。その大男の首近くに深々と刺さっていた矢を見て叫び声を上げかけた大男も、即座に首と板金鎧の襟の間の僅かな隙間を射られ、地面に倒れ伏した。


「ロボ! こっちへ!」


 震える矢に恐れ戦くロボの耳を、聞き知った声が打つ。顔を上げると、赤い髪が長弓と共に揺れているのが木々の間に見えた。


「ルージャ」


 戦きつつも何とか立ち上がり、ルージャの横へと走る。


「やっぱり、レイの予想通りだったか」


 大丈夫だったかと言わんばかりにロボの背を叩いてから、職人姿のルージャはふっと息を吐いた。


「人手が足りないとはいえ、一人で王都に向かわせるとは、あの騎士団長も何考えてんだか」


 ルージャはレイに言われて、ロボの後を追って来たらしい。一緒に行くけど、問題無いな。ルージャの言葉に、ロボは曖昧に頷いた。


「レイの、戦乙女騎士団の力は借りるべきではない」


 出発前夜のリールの言葉を、鮮やかに思い出す。ロボ自身も、この点に関しては、リールの意見に賛成だった。ライラやルージャが罪無き人々を殺したり王を呪ったりしているとは到底思えない。だが、それでも、首を斬られた遺体が人気の無い場所に作られた土盛りの中から見つかっていることも、王が『古き国の女王の呪い』の所為で伏せっていることも、事実なのだ。しかし、そのことをルージャに告げるわけにはいかない。だから。


「とにかく、すぐにここを離れないと」


 ルージャに言われるまま、街道に戻る。今度はルージャと一緒に、ロボは人気の無い街道を北へと向かった。


「騎士達を北に集めて、何がしたいんだろうな、王様は」


 油断無く辺りに目を配らせながら、ルージャが息を吐くように言う。


「例え古き国の女王が王を呪っているとしても、騎士達に何ができるんだ?」


 偉い人の考えていることは、分からない。ルージャの言葉に、ロボは賛成の意を込めてこくんと頷こうとした。その時。


「やっぱり、そう簡単に逃がしてくれそうにないか」


 街道沿いを横目で睨みながら、ルージャが呆れたように肩を落とす。ルージャの視線の先をロボも見たが、しかし見えるのは木々の茂みだけだった。


「いる、の?」


 だから疑問を、口にする。


「もちろん」


 ルージャは一つ舌打ちすると、不意にロボの腕を引っ張った。


「走るぞ!」


 次の瞬間、ロボが先程まで居た空間に、鋭い光が舞う。槍だ。そう、ロボが認識するより早く、走るロボとルージャの後ろに、先程ルージャが倒したのと同じ格好をした大男達が武器を手に現れたのが、見えた。


「ちっ!」


 舌打ちするルージャとロボの間を、矢が走り抜ける。街道沿いの村までは、まだ遠い。とにかく、第三王子の領地を抜けさえすれば。走りながら叫ぶように言うルージャの言葉に、ロボは息を切らしながら頷いた。だが。そのルージャとロボの前に、白く短い上着を着た男達が立ちはだかる。


「こっちへ!」


 もう一度舌打ちをしたルージャが、ロボの手を強く引く。街道を外れ森の中へと飛び込んだルージャの後を見失わないよう、ロボは必死で走った。木の根や、落ちている枝が、ロボの足をよろめかせる。それでも、逃げなければ。恐怖と必死さが、ロボを支えていた。


 と。

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