『古き国』の見習い騎士となる

「さてと」


 明らかにほっとした顔で、ラウドがライラを見る。


「ここで良いか? それとも謁見の間へ行くか?」


「あまりレイを刺激しない方が良いと思うよ」


 ラウドの問いに答えたのは、図書室の奥にある大きな一人掛けソファに戻ったリヒト。そして。


「ここは、古き国の『廃城』の地下。見習い達が肝試しをする場所の下、って言えば分かりやすいか」


 戸惑う物事が多過ぎるロボの疑問の一つを解いてくれたのは、ルージャだった。


「古き国を陰で支えてくれている隠里は大陸中に散らばっているけど、ここが古き国の女王であるライラの正式な住まいで、古き国の騎士達の拠り所、ってなるのかな」


「そうね」


 聞こえてくる言葉全てを把握するように、ライラは少しだけ目を閉じてから、ラウドに対して頷いた。


「ここは私の場所だから、任命は何処でも大丈夫。レイの責任感を考えるならこの場所が一番良いわ」


 ライラの言葉に、ラウドがにっこりと微笑み、ライラに対して跪く。


「女王陛下の御心のままに」


「ラウドさんにそう言われると、恥ずかしい」


 そう言いながら、ライラは赤いローブのポケットから小さな銀色の塊を取り出し、優しげな微笑みを浮かべながらロボの白い上着の左肩にその塊を留めた。


「古き国の、騎士の証だ」


 ロボがポケットに入れている留め金と同じ、椿の花を象った留め金が、ロボの肩で揺れているのが見える。古き国の女王であるライラがロボを古き国の見習い騎士として任命したから、ロボにも一応、『悪しきモノ』を祓う力が備わった。その、証。


「呪いのことはともかく、それだけは受け取ってくれ」


 ラウドの言葉に、ロボは静かに、頷いた。


 そして。


「他の、獅子の痣を持っている人にも、同じことをするつもりか、ラウド」


 リヒトの言葉に、ラウドの口元が固まったのが、見える。不意に、第三王子に手紙を届ける途中で出会った子供のことを思い出す。だがロボは黙って、ラウドとリヒトの会話に耳を傾けた。


「それは、……分からない」


「別に良いけど」


 ラウドの言葉に、リヒトは肩を竦めた。


「と、すると、後は、……レイとライラか」


「レイは、大丈夫だろう。女性では、新しき国の王にはなれない」


「だな」


 リヒトの冷静な言葉に、ルージャもこくんと頷いた。


「だからこそ、副都の太守はレイを男性として育てたわけだし」


「しかしライラは、用心した方が良い」


 そう言いながら、ラウドがライラを見詰める。その心配そうな灰色の瞳に、ロボの胸は何故か騒いだ。だが。


「分かったわ。曾お祖父様」


 ラウドに向けられたライラの言葉に、ラウドが苦い顔をし、ルージャが吹き出す。


「ラウドは、今の時代の人間じゃない」


 再び話についていけないロボの耳に、リヒトの声が響いた。


「百年ほど前の、『統一の獅子王レーヴェ』の時代の古き国の騎士だ」


「え?」


「ま、信じてもらえないかもしれないが」


 そう言いながら、ラウドはつかつかと図書室から出、すぐに四角い肖像画を一つ抱えて戻ってきた。


「ほら、これが俺」


 確かに、ラウドが抱えている額の中には、ラウドにそっくりな人物が描かれている。


 自分が居る場所はそのままに、過去や未来の、自身と関連のある人物の許へ『飛ぶ』という、古き騎士が持っているといわれている『力』を、ラウドは強く受け継いでいるらしい。『飛ぶ』能力のおかげで自身の危機を切り抜けたことも、逆に様々な人を助けたことも、数え切れないほどある。ラウドは自慢するでもなく淡々とそう言った。


「おかげで歴史も狂ってしまったし」


 ラウドの言葉に、リヒトが怒った顔をして背を向ける。そのリヒトを見詰めるラウドの表情に、ロボは悲しげなものを感じて俯いた。だが、しかし。


「古き国の、探索を任務とする『狼』騎士団の話と、その最高の団長だった人の話……は知らないか」


 図書室の暗い雰囲気を変える為か、あくまで面白げな口調で、ラウドが言葉を紡ぐ。


「自分を『最高の団長』と言っている時点でおかしいとは思わないの、ラウド」


 だが、ラウドの言葉に対し、リヒトはあくまで冷静に対応した。


「そこまでかっこよく、新しき国の歴史書に書かれているわけないだろ」


 更に、ルージャの言葉が追い打ちを掛ける。二人の言葉に、ラウドは肩を竦めて苦笑した。確かに、ロボが習った歴史の授業では、ラウドのことも、古き国の騎士のことすら、出て来なかったと記憶している。そのことを正直に、ラウドに話す。


「やっぱり」


 ロボの言葉に、ラウドは今度ががっくりと肩を落とした。


「当たり前でしょう」


 そのラウドに、リヒトの冷酷な言葉が追い打ちを掛ける。


「新しき国が書いた歴史ですからね。主役はあくまでも統一の獅子王レーヴェ。文官が学ぶ詳しい歴史書でも、古き国の騎士は脇役か悪役ですよ」


 リヒトのその言葉と共に、綺麗な緑の布表紙の本がロボの手の中に降ってくる。本を開くと、黒いマントを靡かせた人物が繰り出す剣を受け止めている偉丈夫を描いた挿絵が見えた。おそらくこれが、統一の獅子王レーヴェと、そしてラウドなのだろう。


「古き国の滅亡直前に、負けるのが分かっているにも拘わらず謀略を用いて新しき国の騎士団の一つを全滅させた、悪辣な人物。それが、新しき国での貴方の描かれ方ですよ、ラウド」


 開かれた頁を読むロボの耳に、リヒトの辛辣な言葉が響く。その言葉に、ラウドは苦い顔をした。


「戦いに、正義なんて無いさ。あるのは、……悲しみだけだ」


 そしてラウドは、ロボが泣きたくなるほど沈んだ声で、言った。


「それでも我々は、前に進まなければならない」

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