背後にある秘密

「ルージャ!」


 怒りを含んだ、静かなレイの声が、図書室に谺する。


「何故ここに新しき国の見習い騎士を運んだ!」


 レイはルージャの胸倉を掴むと、揺さぶるように自分の鼻先へルージャの顔を持って行った。


「『秘密』を知られて、ライラがどうなっても良いのか!」


「いや、ロボは他人に告げ口するような奴じゃないと思うし」


 ルージャの、ロボに対する信頼の言葉に、胸が熱くなる。とにかくルージャを助けよう。ロボはレイの方へ腕を伸ばした。と同時に。


「レイ! ルージャ!」


 レイとルージャの間に軽やかな赤色の服が割って入る。解かれた白金色の髪が、ロボの鼻先で軽やかに舞った。


「止めて!」


 ライラの制止の声と同時に、細い腕が、ルージャの胸倉からレイの手を引き外す。ルージャとレイの間に新しく割って入った人物は、ルージャよりも背が低く、華奢な身体をしていた。その小柄な体格と、身に纏う雰囲気は、友人の首を刎ねた人物と同じもの。そして。濃い色の髪と、灰色の瞳は、間違いなく、ロボの恩人と同じもの。


「ルージャには、俺が頼んだ」


 ルージャやライラと同じくらいの年齢に見える、その華奢な身体の人物が、ルージャとライラを背に隠し、レイに正対する。身体はレイの方が大きいが、持つ気迫は同じくらい、いや小柄な身体の人物の方が強いかもしれない。ロボは何となくそう、思った。


「何故、そんなことを、ラウド!」


 再び、レイの腕が、今度はラウドと呼ばれた小柄な人物の胸倉を掴む。だがラウドの方は、そのレイの腕を無造作な動きで止めると、レイをじっと睨み返した。


「目の前で苦しんでいる人々を、放っておけと? それは、騎士のすることではない」


「古き国の騎士ならば、女王のことを優先するのが当然です」


 対してレイは、怒気を含んだ声でラウドに反論した。


「古き国には女王が必要であることは、ラウド、あなたが一番分かっているはずです」


「それは、そうだが。……両立は、できないのか?」


「時と場合によります」


「……完全に、ばらしてるな」


 二人の言い争いの間で、ルージャの溜息が、ロボの耳に小さく響く。


「確かに」


 いつの間にかロボの横に座っていたリヒトが、ロボにそっと囁いた。


「全部ラウドの所為だから、君は気にしなくて良いよ」


 リヒトの言葉に、ルージャとライラが小さくくすりと笑う。何が何だか分からないロボの背を、ルージャが軽く叩いた。


 そして。


「とにかく、全部説明しないと。この少年を誤解させたまま地上に戻すわけにはいかないからね、レイ」


 まだ睨み合いを続けていたラウドとレイの間に、リヒトの声が割って入る。その言葉に、ラウドとレイは同時にはっとした表情を見せた。


「そう、だな」


 そう言って、ラウドはロボを見、そして再びレイを見た。


「第三王子の件もある」


 第三王子。ラウドが発した単語に寒気を覚え、思わず毛布を掴む。あの夜、第三王子の周りにあったどす黒い空気を思い出し、ロボは思わず首を横に振った。


「第三王子に手出しができないことは、理解している」


 そのロボには構わず、ラウドがレイに向かって言葉を紡ぐ。


「それならばなおのこと、確執は抜きにして、ロボは自分で自分を守る為の手段を身に付けておいた方が良いと思う」


「何故?」


「獅子の痣。そうでしょ、ラウドさん」


 レイの疑問に答えたのは、ライラだった。


「第三王子が、獅子の痣を持つ者を捜しているという噂は、聞いたことがある」


 獅子の痣は、獅子王の血を引いた者に現れる証。だが第三王子はその印を持たず、王位継承権を剥奪されている。獅子の痣を持つ者を捕らえ、その印を盾に王位継承権を他の王子達から奪い、自分は傀儡の王を影で操る。大方そんなことを考えているのだろう。ルージャの言葉に、ロボはこくりと頷いた。


「そしておそらく」


 不意にラウドが、申し訳無さげにロボを見る。


「第三王子は、『悪しきモノ』に魅入られている。……かつての君の友人と、同じように」


「え……」


 隊長の血で口の周りを赤くした友人の姿が、脳裏に浮かぶ。その友人の周りにも、確かに、第三王子が纏っていたのと同じような、微かな黒い影が、あった。


「『悪しきモノ』って、何?」


 一番近くに居たリヒトに、尋ねる。


「人の悪意に同調し、人のみを喰らう、黒い靄のようなもの」


 リヒトは簡潔に、ロボの問いに答えた。


「その『悪しきモノ』を祓うことができるのは、古き国の女王が任命した騎士が持つ血と力のみ」


「だから、新しき国の王様や騎士達が何と思おうとも、古き国の女王は必要なの」


 そのリヒトの言葉に、ライラの穏やかな言葉が被さる。


「私が、貴方に、貴方を守る力をあげる」


「待って下さい、女王陛下!」


 そのライラの声に、更にレイの声が被さった。


「信用するのですか、新しき国の見習い騎士を」


「するしないの問題じゃないの」


 レイの非難に、ライラは首を横に振る。


「私の力で、ロボが自分自身を守ることができるのなら、私は何時でも、何回でも、その力をあげる。それが、私の存在理由」


 それに。そう言ってから、ライラはロボに向かって微笑んだ。


「ロボは、信頼できる」


「だな」


 ライラの言葉に、ルージャが同調する。信頼。その言葉に、ロボは嬉しくなった。


「まあ、ともかく、だ」


 ラウドがこほんと一つ、咳をする。


「見習い騎士にするだけなら、簡単なことだろう」


 ラウドの言葉に、レイはラウドを睨み付け、そして速歩で図書室を去って行った。

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