図書室の主
目覚めたロボの視界に映るのは、今にも崩れ落ちそうなほどに高く積み上げられた本の山。
「うわっ」
「あ、起きた。元気だね」
見えた風景の圧迫感に思わず上半身を起こしたロボの横から冷静な声が響いた。
「あ、の」
その冷静な声の主を、首だけを動かしてまじまじと見詰める。本の詰まった背の高い本棚に四方を囲まれた、おそらく図書室であろう部屋の奥にある、大きめの一人掛けのソファに座っていた少年が、今まで読んでいたらしい本を手に、ロボをその鋭い灰色の瞳で見詰め返しているのが、見えた。ロボより、少し年上に見えるだけの、少年。切り揃えられた濃い色の髪と、灰色の瞳は、あの恩人に似ているようで似ていない。何処か病気でもあるらしく青白く浮腫んだ顔と、ソファを降りてロボに向かって歩いてきた華奢な身体、そして起き上がった拍子にロボが落とした軽い毛布を拾う細い指も、恩人のものとは確かに違っていた。だから、というわけでもないのだが。
「ここは?」
恐る恐る、少年に尋ねる。
「僕の図書室」
ロボの問いに、少年ははっきりとした声で、明瞭でない答えを返した。
「古き国が生まれた時から、今までの、古き国の騎士達の行動と感情が、ここには詰まっている」
「はあ」
「それだと全然説明になってないんだけど、リヒト」
不意に、視界に赤い髪が割って入る。ルージャだ。ロボがそう、認識するより早く。
「新しき国の騎士見習いに、明確に説明するわけにはいかない」
リヒトと呼ばれた少年から発せられた、ある意味冷たい言葉が、ロボの胸を抉る。おそらくこのリヒトという少年は、古き国に特別な感情を抱いているのだろう。リールのように、新しき国の者達が、自分達が滅ぼした古き国を警戒するように、古き国を信奉する人々も、新しき国の、特に王に忠誠を誓う騎士達を警戒している。当たり前のことが、ロボには悲しかった。
一方。
「それは、そうだけどさ」
窘めるような視線を、ルージャがリヒトに向ける。少なくともルージャは、ロボを『敵』だとは思っていない。そのことが、ロボには嬉しかった。
「まあ、ラウドが居たし、『悪しきモノ』の影響もちゃんと祓えてるし」
そのルージャの視線を軽く躱し、リヒトはあくまで冷静な調子で言葉を紡いだ。
「レイに見つからないうちに、この子は外に出した方が良いのでは?」
「そうだな」
その方が、要らない騒動を起こさなくて済む。そう呟いてから、ルージャはロボの方に腕を伸ばしかけた。その刹那。ルージャの後ろに立った、大柄な影に、ロボの全身が固まる。そのロボの変化に気付いたルージャも、恐る恐る首を動かして背後を見、そして驚愕の表情を浮かべたまま首を元に戻した。
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