子供に出会う

 戸惑いを抱えたまま街道を離れ、第三王子の屋敷へと繋がる細い道を歩く。不意に響いた、微かなざわめきに、ロボは再び身を固くした。周りは、うっそうと茂る木々の森。生き物の気配は、無い。風が草木を鳴らすのとは違う、ざわめきだ。誰か、居るのか? あの、無造作に人間の首を刎ねた、赤と黒の制服を纏う古き国を信奉する騎士達が。恐怖が、ロボの全身を支配した。そして。仲間である年嵩の見習い騎士達を飲み込んだ黒い靄のようなもののことを、不意に思い出す。あれと同じものが、ここに居たら? あの時、自分は何もできなかった。恐怖のままに、ロボは持っていた短刀を、揺れている丈の高い草の間に投げ入れた。次の瞬間。


「わっ!」


 甲高い声と、草が倒れる音が、ロボの耳を打つ。誰か、居たのか? 叢の方に走り寄ったロボは、丈の高い草に隠れるように倒れている影にはっと息を呑んだ。まだ、小さい、子供だ。左肩に刺さったロボの短刀を、泣き呻きながら抜こうとしている。自分の行動の結果に、ロボは足が竦んだ。だが、……子供を助けなければ。


 震える子供を、そっと抱き上げる。子供の小刻みに揺れる濃い色の髪を払ってから、ロボは子供の左肩に刺さった短刀を一息で抜き、痛みで呻く子供をしっかりと抱き直してから肩の傷を閉じるようにしっかりと押さえた。


「もうしばらく、我慢してくれ」


 そう言いながら、ポケットからハンカチを出し、子供の濃い灰色の服を左半分だけ脱がせてから、そのハンカチを傷口に当てる。赤く染まり始めたハンカチの下で、小さな獅子の痣が動くのが、傾いた日差しにはっきりと映った。この子は、王家の人間なのだろうか? 少し考え、ロボは首を横に振った。現在、王の血を引く男子は、王都に居る二人の王子と、ロボが手紙を届けに行く先である第三王子、そして新しき国の北端を管理している王の弟のみだと、ロボは聞いている。と、すると、この子は、……自分と同じ、獅子王の血を引く者が気まぐれに手を付けた女性の子供、なのかもしれない。急に親近感を覚え、ロボは震える子供をぎゅっと抱き締めた。


「あ、あの」


 腕の中から声が聞こえ、慌てて腕を緩める。


「手当、ありがとうございます」


 子供ながらしっかりとした声でお礼を言われ、ロボは内心戸惑った。


「あ、いや」


 恐怖から投げた短刀でこの子供を傷付けてしまったことは、この子供には勿論、誰にも知られてはいけない。何とか誤魔化さなければ。ロボは無理矢理笑顔を作った。


 次の、瞬間。強い風が、ロボの目に砂を入れる。


「いっ……!」


 思わず目を閉じ、再び開いた時には、子供の姿は何処にも無かった。


「え?」


 驚愕のまま立ち上がり、辺りを見回す。やはり、居ない。あの子供は、幻だったのか? 全身が震えるのを感じ、ロボは慌てて首を横に振った。足下に落ちている短刀は、確かに、血に濡れている。ロボは急いで傍の草で短刀の血を拭うと、自分からは見えないように短刀をベルトの背中側へ差した。

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