『古き国』の騎士達を見掛ける

 その、次の日。ロボは今度は第三王子ジェイリの屋敷までリールの手紙を届ける仕事を頼まれた。


 王都と副都を結ぶ街道の南半分を守るような位置に領地を持っている第三王子が住む古い屋敷までは、副都とは違い、ロボの速歩でも訓練所から往復で一日は掛かる。街道沿いは警備が行き届いているが、それでも、夜になると盗賊や悪霊が跋扈する。遅くなるようだったら泊めて貰いなさい。そう、リールには言われていた。それでも、見知らぬ場所には、たとえそこが安全だと保証されたところであっても、泊まりたいとはあまり思わない。どこからか湧き上がってきた用心が、ロボの足取りを早めていた。


 と。森を横切る道を歩いていたロボの前を、いきなり、大きな影が横切る。森から出、再び森へと飛び込んだ、恐怖に歪んだその影にも驚いたが、その後すぐに、ぎょっとして立ち止まったロボの前を横切った、赤と黒の服を身に付け抜き身の剣を手にした若者に、ロボは全身が固まるのを感じた。森の中で、友人の首を刎ねた小柄な男性と、同じ服装をしている。あれは、もしかして、……古き国の騎士の格好? 身体が動かないまま、何とか首だけ動かして、ロボは二人が飛び込んだ森の茂みの方を見た。そのロボの瞳に映ったのは、濃い灰色っぽいマントを纏ったように見える大柄な影の背を、赤と黒の服を着た若者が手にした剣で無造作に刺す、凄惨な光景。恐怖の呻きをあげながら倒れる大柄な影と、流れる大量の血を、ロボはただ呆然と、見詰めた。


 大柄な影を刺した若者が、ふうと息を吐いてこちらを見る。ロボは素早く、高い茂みの中に身を隠した。次の瞬間。


「え……」


 ロボの口から、驚愕の声が漏れる。地面に倒れたはずの大柄な影が、倒した影に背を向けている若者をその太い両腕で掴み、剣を取り落とした若者の首を締め上げる光景が、ロボの瞳に確かに、映った。驚愕が高じて、動くことができない。首を絞められた若者の身体の震えを、ロボはただ凝視する他、無かった。と、その時。


「ネイト!」


 鋭い叫びと共に、影と若者が分けられる。次の瞬間、若者を大柄な影から突き飛ばした小柄な青年が、大柄な影の首を剣の一閃で、刎ねた。


「大丈夫か?」


 地面に尻餅をつき首と胸を押さえて荒く息を吐く若者に、小柄な青年が声を掛ける。赤と黒の服装から察するに、この小柄な青年も、古き国の騎士なのだろう。仲間を助ける為とはいえ、余りにも無造作で冷酷な剣の技に、ロボは背中が冷たくなるのを感じた。


「はい」


「全く。ネイトはすぐ油断するんだから」


 別の声が、割って入る。顔を上げると、小柄な青年と若者の周りに、様々な武器を手にした同じ服装の男女が四、五人くらい集まっているのが、見えた。


「『悪しきモノ』に魅入られてしまった奴は、首を斬らないとダメだっていつも団長が言ってるだろ」


「それは、そうだけど」


 弓を持つ仲間に窘められた若者は、地面にぺたりと座って俯いたまま、小さな声を発した。


「まだ、大丈夫だと、思ってたんだ。まだ、助けられると」


「難しい、選択だな」


 小柄な青年は、俯く若者の肩に手を当ててそう言うと、傍らで心配そうな目をしていた、青年より華奢な人物に声を掛けた。


「ともかく、怪我の手当を、アリ」


「はい」


 小柄な青年に声を掛けられた、頭を黒い頭巾できっちりと包んだ華奢な少年が、若者の首にその白い手を当てる。少年の掌から出ている光は、何処かで見覚えがあるような光だった。しかし、人の首を無造作に刎ねたにも拘わらず、この明るさは何だ? ロボは首を傾げ、そして思い当たった事実に震え上がった。こいつらが、罪無き人々の首を刎ねているという、人でなし、なのか。


 と。小柄な青年がふと、ロボの方を振り向く。その何処か茫漠とした視線の中にある灰色に、ロボは先程とは別の驚愕に身を震わせた。小柄な体格も、華奢な肩に掛かる濃い色の髪も、灰色の瞳も、ロボの恩人と同じもの。そして、その彼が浮かべている、何処か不敵な笑みは。


 不意に、強い風が吹く。ロボの視界を、飛んできた複数の木の葉が覆った。次の瞬間。


「あ」


 思わず、隠れていた茂みから顔を出し、辺りを見回す。先程までは確かにそこに居た、赤と黒の服装の人々は全て、ロボの視界から消えてしまって、いた。

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